大扉が開いてまず目に入ったのは、白く広々とした空間の中、
列席者が左右から振り返ってこちらを見る姿だった。
ボクは手と足が揃わない様に確かめてから歩き出し、数歩のところで、
立ち止まり、ゆっくりと深くお辞儀をした。
事前に言われた通りだったが、何となく、本当に自然にお辞儀をしたい気分だった。
次に目線を上げて、ガラス張りの式場の外に拡がる空と海を見たが、
何かを思う間もなく、ボクの知人が、笑いながら顔を背ける様にしたのが目に入って、
(そりゃそうだろう、『どのツラ下げて?!』ってシーンなんだし)
つられて笑いそうになりつつ、一人馬車御者になって、
速まりそうな歩にブレーキを掛けたものの、
もしかしたら、パントマイムの演じるスローモーションみたいになってたかも知れない。
列の最前まで来ると、やはり言われた通りに、やや右にずれて立った。
司会の声をきっかけに彼女と彼女のお父さんの入場。
ボクはそちらに向き直った。
大扉の上にいるフルート奏者が目に入り、初めて音色が聞こえてきた気がしたが、
何の曲かを記憶するまでには至らなかった。
その下を進む二人は、ボクと違っておずおずと、いい感じで歩を進めてくる。
ボクは一度外していた中央に戻り、その二人を迎えて、お父さんに会釈したが、
お父さんの目は、どこか嘆願する様な、疑う様な、印象的な表情を浮かべていた。
ボクは右手を差し出して彼女の右手を取り、正面に向き直りながら、
左の脇にその手を通し、メイク室で教わったのを思い出して、
右手に彼女のブーケを預かって、二人で壇上に向かう。
後で訊くと彼女が一番感極まったのが、この入場の時だったそうだが、
多分ボクはこの時の彼女の表情をよく見ていないのに気付いた。
三段の階段を上がる時に彼女の腕が急に重くなる。
見やれば、彼女はウェディングドレスの裾と格闘していた。
確か、「持ったら?」とか言ったと思うが、
彼女は裾を持ち上げて、『新郎新婦転倒の惨劇』には至らず、無事に歩行再開となった。
壇上正面に立ち、会釈の後、ヒザが震えそうなのに気づき、
堂々としなきゃとか思って、しばし周りを見渡してみるが、
誰とも目を合わせない様にした。
式場選びで来て最初に見た時には、ガラス張りの壁とその外が印象的だと思ったが、
本番では下を向く事が多かったせいなのか、
むしろ磨き上げられ外の光を映す、床の白さが記憶に残った。
人前式だ。
二人で相談して作った誓いの言葉を読み上げた。
一ヶ所ボクがつっかえた他は意外にちゃんと読めてホッとしたが、
誓いを込めるほど余裕はなかった。(誓ってないって事じゃなく(笑))
指輪の交換は、予想していた緊張の瞬間だった。
(落っことしたら大変だ)
小刻みに震える人差し指と親指で何とか指輪を挟みながら、
手のひらを防護ネットっぽく下にしたら、
何か鎌倉とかの大仏さんみたいな手の形になってしまった。
二人して列席者に向かって指輪をした手を掲げたが、
何かメダルを取ったペア競技の人みたいだと思った。
この後のベールアップも、リハの時にどうもコツが掴めずに空振りしていたパートだ。
本番では何とか一発で上げられたものの、一瞬、間があり、
ウェディングキスをすべきタイミングだったか思い出せずにこわばったが、
ほどなく司会の人のQ振りがあって、何とかおでこに無事に済んだ。
壇上下手にある書台に行き、結婚証明書に署名をした。
場所、日時、自分の名前と書く欄があって、
あらかじめ字の綺麗な彼女に場所と日時を頼んでいたが、
いざ書く段になって、「これは流れ的にはボクが書かなきゃ、かな?」と思いつつ、
どうせ手先が震えて上手く書けないだろうとスルーを決め込み名前だけにしたら、
彼女も何喰わぬ顔で名前だけ書き、場所と日時はブランクのままで終わった。
(後で「ホントにスルーするし!」と突っ込まれた)
代表署名をお願いしていた互いの元上司もつつがなく役割をこなしてくれ、
二人して正面に戻って、書いたばかりの証明書を掲げて、承認の拍手を頂いた。
しかし、「何かでポーズを取るってのは、自然じゃないよなぁ」
と、時折思っていた妙な事を、体験に再確認している自分がおかしかった。
壇を降り、互いの両親にそれぞれ一礼をした。
自分の父親が真面目な目をしていたのが、なぜか意外に思えた。
退場となる。
ボクは昔からゆっくり歩くのが苦手だ。
この時も、白鳥と水かきよろしく、おずおずとした佇まいを何とかキープしつつ、
ドレスの裾と格闘して足取りが覚束ない彼女を引っ張って、
聞き分けのない大型犬みたいになっている自分に気づき、
なぜか周りの皆がそれを嗤っている気がして冷や汗を感じつつ、足取りを緩めた。
(後で聞けば、彼女はドレスの裾を蹴りながら歩くといいことに気づいたそうだ)
横から、いつもは淡々としている様に見える上役から
「おめでとう!」と声を掛けられたのが嬉しかった。
多分、この時まで、人前でありながら、列席者がどこか色褪せた書き割りみたいな、
そんな感覚があったから、急にリアルな『温度』を感じたのも良かったのだろう。
大扉の前で二人して向き直ってお辞儀をして、
再び大扉へと向かい外へ出て、ちょっとある段差を飛ぶ様に降りるとホッとした。
当然、背後の大扉は閉まっていたはずだが、
もしこれが開きっぱなしでも、ボクは気づかず脱力の様を晒した事だろう。
気づけば互いの手は汗ばんでいた。
無事に式は終わった・・・この時も、空は晴れていた。
外から脇の小部屋に戻って列席者の退出を待ち、式場内の出口から出て、
さっき出たばかりの大扉の内側に二人で並ぶ。
小部屋にいた時、何か話した様にも思うが、全く覚えていない。
大扉が開くと、眼下に続く大階段の左右に列席者が並んでいた。
式場の上の塔にある鐘が、自分達のために鳴り出すのが聞こえた。
このシーンは、打ち合わせに通う時に何度か出くわし、表から見上げて、
遥か先に思えたものだったが、
今は自分達の番で、外から他のカップルがこれを見ているのかと思うと、
エッシャーの絵の中にいる様な、デジャヴュの様な、そんな感じがした。
列席者の間、階段を下りながらフラワーシャワーを浴びた。
花びらが思いの外、重くて、ボトっボトっと頭に当たるのがちょっと痛かった。
恥ずかしさにうつむき加減だったから分からないが、
誰かが上手投げでぶつけて来たのかも知れない(笑)
下まで降りると、階段をひな壇にしての、列席者との記念撮影があり、
その後は、ブーケトスだった。
僕ら二人が階段を数段上がり、
彼女が後ろ向きに段の下にいる(未婚)女性の列席者に投げたが、
ブーケは、計った(謀った?)様に、他の参加者が競う間もなく、
そろそろ結婚しなきゃと言っていた彼女の友達の手元にめでたく収まった。
あっけに取られた気がしたが、当の本人が無邪気に嬉しそうだったから良かった。
この前後、確か、披露宴会場である『邸宅』へ向かう途中だったと思うが、
ボクの前職時代の友達が盛んに、
「ウッディ大尉やん!ホンマもん初めて見たわ!」と笑っていた。
(分かる人だけ分かって頂ければ・・・笑)
『書き割り』がすっかりいつもの色と温度を取り戻しているのが嬉しかった。










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