2007年06月21日

さーて、こっからだ

([カリビアンの風]のメロディーで)

ツヨシも今江もいなーいー、
いなーいー、いなーいー
ベニーもズレータもいなーいー
らららーらーらららー♪

・・・。

交流戦は、前年度チャンピオンが取るってお約束ってことで(?)

ぶっちゃけ24試合になった交流戦なんて、いいんだよね。
シーズンだよ、シーズン。
ハムはお中元なんだけど、お中元市場なんて縮小してるはずなんだけど、
やっぱり夏はハムか?!
気づけばヤツは1ゲーム下に追走してきてやがる。

交流戦奪取後に急落した去年の事は言うまい。
けが人もシーズン通してってのも稀なんだし、
4月を思えば、今は十分上にいるんだし、
こっからです、こっから。

らららーらーらららー♪
ニックネーム パラマリボ at 07:50| Comment(0) | TrackBack(0) | Beisbol2007

2007年06月18日

燕が低く飛ぶと雨


会社の休憩スペースからの風景。

地上100メートルぐらいの中空、ビルに沿うように燕が盛んに行き来している。
ざっと見たところ数羽いる様だ。

ビルの壁面に巣でもあるのかも知れない。

燕にとってこの高さが高いのか低いのか分からないが、雨雲が近いのは予報で言ってたから、
燕が低く飛ぶと雨、ってフレーズを思い出した。

このフレーズができた時に高層ビルはないだろうから、雨が近くなると、彼らはもっと低い方へ行くのかな?

そういえば、燕は虫を追っていて、雨が近いと虫が地上に近く飛ぶんじゃなかったっけ?

燕達も昼時ってことかな。
ニックネーム パラマリボ at 12:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記2007

2007年06月17日

チェックしてみーる!

皆様、日曜日の午後のひととき、いかにお過ごしでしょうか?

私、最近すっかり疫病神を拝命しております、ジョー・パラヤです。


・・・てか、アッタマ来たから(?)チェックしてみた。
土曜日が基本で、祝日とかでは最終日を除いた日ってのが、我が家の観戦候補日なので、
で、以下がその時のマリーンズの勝敗表。
※が実際に行った試合。

※3/24(土)  日 4 - 4 ロ 千葉マリン
4/7(土) 楽 7 - 3 ロ 千葉マリン ●渡辺俊
4/14(土) 西 5 - 2 ロ 千葉マリン ●小林雅
4/21(土) ロ 5 - 3 楽 フルキャスト宮城 ○小宮山
4/28(土) ロ 2 - 7 西 グッドウィル ●小林宏
4/29(日) ロ 9 - 4 西 グッドウィル ○成瀬
※5/3(木) 日 8 - 2 ロ 千葉マリン ●久保
5/4(金) 楽 6 - 2 ロ 千葉マリン ●清水直
5/5(土) 楽 1 - 5 ロ 千葉マリン ○小林宏
5/12(土) ソ 1 - 1 ロ 千葉マリン
5/19(土) ロ 12 - 4 楽 フルキャスト宮城 ○小林宏
5/26(土) 横 3 - 8 ロ 千葉マリン ○渡辺俊
6/2(土) ヤ 3 - 2 ロ 千葉マリン ●小野
※6/9(土) ロ 0 - 2 横 横浜スタジアム ●成瀬
※6/16(土) 神 11 - 7 ロ 千葉マリン ●小林雅

・・・!
やっぱり、だよ。
マリーンズの全体成績が、昨日まで36勝22敗4分で勝率.621なのが、
上の試合に限れば5勝8敗2分、行ける範囲ってことで、関東以外を抜くと、
フルスタで2勝だから、13回あって3回しか勝ってない(勝率.273)ってことじゃん!
でオイラが1分3敗だろ、仕方ないってことだよ、やっぱり。

マリーンズはどうも週末に弱いってのがあって、ましてやホームだとダメ傾向がある。
観客が入り始めた2005年は、選手の誰だったかが、
「あの声援に力が入り過ぎちゃって」みたいに言ってたそうだが、外弁慶なのよねぇ。

ま、ね、オイラの場合勝率.000で、
行く予定だった試合を加えると1勝4敗2分、勝率.200って、
まどっちにしてもオイラの場合のが分が悪いってことからすると、
あぁ、疫病神ね・・・
なるほどね、すぃませんね、縁起悪くてね・・・。

だいたいなぁ、グッドウィルドームなんて、エラそうにネーミングライツはご立派だが、
数年毎に変わっちゃうなんてみっともないってーの。
オマケにコムスンの事件がなくったって、あの会社の色なんて分かっても良さそうなもんだ。
客選べってーんだ!

・・・はいはい、八つ当たりですよ、分かってますよ、言われなくもね。
みーんなオイラが悪いんですよ。

はて、何のために調べたんだか。
ニックネーム パラマリボ at 15:11| Comment(2) | TrackBack(0) | Beisbol2007

大惨事ぃのあなたぁ〜♪

いやぁ、
何て言うか、
まったく・・・

誰が7-2の5点差で勝ってる9回にひっくり返されると思うかい?
今のマリーンズのそれこそ盤石なはずのセットアッパーとクローザーが、
3人揃って大炎上ってさ。
中盤確実に相手を押さえ込みながら加点し続けて、完全に主導権を握っていた中で、
目の前のタイガースファンだって半ば終わった様に言ってたぐらいだったし。
しかも9点も取られてさ。
確かにタイガースは、先発よりブルペン(中継ぎ以降)を徹底的にマークしていた感はある。
そりゃ、地元甲子園で完璧にやられちゃったら、というか2005年の日本シリーズもあるし、やり返そうってムキにもなるだろう。

しかしいやぁ、ある意味「有り難い」ものを観てしまったもんだってか?
大凶は縁起物だって思うしかないじゃんか。

バーマジック席は初めてだったが、
ピーカンでも屋根があってゆったしりてるし観やすかった。
ライトスタンドに近いってのも応援団長の指令がよく聞こえて迫力があった。

一緒に行ったうちの奥さんの友達は、野球観戦は初めてだそうで、
「野球ってこんな感じなの?」って目を丸くしてたから、
ボクのいつもの仲間と家の奥さんも揃って「ここだけ!」と笑った。
これで完勝で、最後に俺たちの誇りの大合唱なんてしたら、
そりゃマリオタ予備軍に入隊ってとこだったろうに。
しかしうちの奥さんが友達にマリーンズの話をする時の誇らしげな感じは、
何だか微笑ましいもんだ。

さて、近くにいた普段はライトスタンドが定位置らしい応援団っぽい人は面白かった。
マリーンズのハッピを着て、振りが我流で、何かアイドルを応援してるみたいで、
ま、それでいて力強くて。
逆転されてなぜか近くにいた人とマリーンズファン同士小競り合いになりかけたが、
その後は二人肩を組んで叫んでた。
中盤のマリーンズ攻勢の時には盛んに周りと拳をぶつけ合っていて、
縁起物っぽいからボクも、うちの奥さんもあやかって拳を差し出したりしたが、
試合後の彼はへたり込んでしまった。
帰りがけにボクが肩を叩いて声を掛けると、
アルコールと怒気で赤い顔にうつろな目で、「すいません・・・」と絞り出す様に言った。

いやぁ、みんな自分が悪い様に思うってのは分かるが、
どうやら今年はボクが疫病神っぽいぞ、こりゃ。
これで我が観戦成績1分3敗か・・・。

7月は予定がないんだが、ちょっとみそぎして8月に備えねばなるまいて。

BigFlag.jpg
バーマジックからのライトスタンド。
今日は内野も2階もそれぞれビッグフラッグが出ていて、
対岸の黄色い連中を圧倒していたはずなんだけど・・・。
だいたい今やホーム、ビジター問わずタイガースファンを数で上回れるなんて、
いくつかしかないんだし、このマリスタなんてそんな意味でも凄いんだぜっ!
(うっ、なんだ?!、この空しさは・・・)
ニックネーム パラマリボ at 08:29| Comment(2) | TrackBack(0) | Beisbol2007

2007年06月15日

光の列

ボクの仕事場は地上100メートルぐらいのところにある。

休憩スペースのある南南西ぐらいに向いた窓からは、
お台場から羽田空港あたりが視界に入る。

さっき日が暮れてから、窓の外の景色に気づいてしばし見入ってしまった。

羽田空港に向かって、ボクの視界からは奥の方、空の中程まで光が4つ並んで見えた。

三浦半島を越えて羽田に降りようとする飛行機の列だ。

風向きによっては、木更津経由でお台場の上を、
ボクから見れば左から右へと来る場合もあって、そっちの方なら見慣れていたが、
さっきは見事にまっすぐ先から入って来ていた。

全くの等間隔に並んで一緒に降りてくる。

一機がタッチダウンを決めて光が消えると、程なく空の遠く、上から新しい光が現れる。

その光のサイクルは2〜3分程度じゃないだろうか?

夜のラッシュ時なのだろうが、それぞれ別の遠くから寄りあって並んで降りる、
その夜空のシンクロは見事だった。


いや、有難いものを見たもんだ。
ナンマンダブナンマンダブ…。
ニックネーム パラマリボ at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2007年06月10日

餃子という字はどぅ書くの♪

我が家の食卓には、餃子が上る機会が多い。
買ったり作ったりするが、ふと、餃子っていう字を眺めて、字面が気になった。

「『餃』って他に何に使うんだろう?」

さっそくネットで調べてみたが、大辞林とかネット辞書の範囲では少なくとも、
餃っていう字は餃子以外にはなかった。
普通に検索してみても、やっぱり餃子以外にこの字を使っているものはなかった。

「餃子って凄いな!専用の字を持っているんだから」と思った。

一昔前、「船って字はあっても、自動車って一文字では表せないから
漢字ができた頃とその表すものができた時期で扱いに違いがあるってもんだよなぁ」
と、怪気炎を上げてみたものだったが、豆鉄砲喰らった鳩を増やしただけだったから、
今回は、人に言う前に、
「餃子ってのは、専用の字があるぐらい、昔からあってエラいってことだろう」
と思って、一人大きく頷いてみた。

以上です、編集長。
ニックネーム パラマリボ at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | コトバ

湾岸対決と疫病神…

土曜日にハマスタに行った。

披露宴の翌週と先週、マリスタのチケットがあったが、
我が家はそれどころじゃなかった。

4日の月曜日に退院したうちの奥さんは、水曜日まで家にいたが、
その2日間のジャイアンツ戦でのマリーンズの激勝にすっかり気を良くして、
金曜日は仕事の後でハマスタに行きたそうにしていたが、叶わず大勝を知ると、
どうにも萌え出して留まらなかったらしい。
もしかしたら、2試合を棒に振った事を気にしていたからかも知れないが、
「連れてって〜!」と小僧の様に言い出して、退院後の体調も気になったが、
んじゃ、と行く事にしたのだった。

ハマスタは5年ぶりぐらいだろうか。
マリスタへは1時間半ぐらいだが、ハマスタなら45分ほど。
98年にベイスターズが優勝した前後はよく通ったものだ。
いや、何せ神奈川県人(川崎市民)としては、オリオンズはもちろん、
ホエールズは我がチームって感じだったから、ベイスターズのシンパってことだ。

湾岸対決と銘打って、昼はベイスターズとマリーンズ、
夜は日産スタジアムでのマリノスとジェフという
横浜対千葉の「異種団体戦」が大いに宣伝されていた。

ま、結局、主催者の思惑通り、昼も夜も横浜が勝ったって結果だったんだけど・・・。
大体なぁ、チームが連勝で来て、先発が今シーズン負けなしの成瀬、
オマケに前日大勝なんて、往々にしてこんな日は負けパターンだよなぁ。

しかし、ハマスタは3塁からレフトにかけたビジター側の方がよっぽど入りが良く、
内野の奥からレフト全体は真っ黒で痛快だった。

あと、ハマスタのうらぶれた加減が気になった。
チケッティングシステムがないのか、昔ながらに係のおばさんが輪ゴムで留めたチケットから、抜き出して渡してくれる。
「通路側でお願いします」って言ったらめくって探して出してくれた。
いいんだけど、マリスタのシステム化されたそれと比べるとその差は歴然。
ビールは生がなくて缶だし、食べ物も昔ながらの美味くもないメニューしかないし、
プロ野球人気の低迷なって言うけど、マリーンズの努力をちっとは見習うべきだ。
いや、これはマリーンズファンとしてじゃなく、客観的に見ても間違いなくそうだろう。

それにしても、我が今シーズンはこれで1分2敗・・・。
昨シーズン勝利の女神を自認した彼女は、この日も最後まで逆転を信じていた様だが、
敗戦に半ばキレ加減、病み上がりに堪えたのか、早々にふて寝してしまった(苦笑)
来週はマリンでタイガース戦だが、そこは何としても勝たないと。
翌週の神宮へも行っちゃうか、とボクが言うと、彼女は一人で行ってみたら、
と突き放す様に応えるから、どうしたかと思いきや、
どっちが疫病神なのか、証明したいらしかった。
・・・つまりは負けは自分じゃなくてオイラのせいと言いたい様で(笑)

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サブロー。マリンに慣れた目には随分と近く感じた。
ニックネーム パラマリボ at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | Beisbol2007

大騒ぎ。ある種の新婚旅行?(後編)

この週、月曜日全休の後、火、水と午後だけ仕事に出て、朝夕と病院に行った。
病院と仕事場の間は普通に行き来すれば40分ぐらいだが、
その時間が惜しくてタクシーで往復した。
彼女には回復するまで伏せておいたが、病院の個室料は、高級旅館ぐらいする。
それにボクはタクシー通勤で、果たしていくら掛かるのかとも思ったが、
んなこと、どーでもいいや、という気持ちの方が強かった。
当たり前だが、健康ってのは何より大事だってことを痛感した。

彼女の仕事場とも連絡を取り、彼女が残した仕事の確認の伝書鳩をやったが、
何より彼女の同僚のさりげない気配りが有り難かった。

互いの両親にも密に連絡をした。
正直、毎日、言葉を選びながらの病状説明は疲れたが、
結婚したことによる自分の立場を理解し、「家族」を感じる貴重な経験だった。

火曜日には彼女の両親が見舞いに来た。
お父さんは彼女の姿を見て、ショックで帰って寝込んでしまったそうだ。

互いの母親は、僕ら二人が式で宣言した(助け合うとかの)誓いを引き合いに出し、
早速実践しなきゃいけなくなったわねぇ、などと女性ならではの肝の据わり様で笑った。
同時に、式の前だったら大変だったとか、新婚旅行が直後に予定されていなかった事など、
盛んに不幸中の幸いを強調されたりもしたが、
実際、看ているのが一人じゃないっていうのを思えたのは心強かった。

週の半ばに入って熱が下がり出した。
肝臓の値が高いのが気になったが、ほどなく快復傾向がはっきりしてくると、
今度は自分の体調が気になった。
いや、もし麻疹にかかっていたとしたら、潜伏期間が一週間から10日で、自分の番かと。
罹る事での自分自身より、
それで彼女に負担をかけたり他人に拡げたらどうしようか・・・。
うつるのは熱と発疹が出てからと知ってからは、仕事場に赴いても大丈夫だと安心したが、正常かどうかを疑いながら生活するのがこんなに疲れるのかと思いつつ、
同時に新鮮な経験だった。

結局、ここまでこじらせるのは珍しいながら、麻疹だと分かったのは木曜日だった。
それが分かってホッとしたのか、午後から出社予定にしていたものの、
ドッと疲れが出て、見舞いに来てくれた彼女のお母さんにバトンを渡して、
帰ってとうとう寝続けた。

週末には、彼女の熱が37度台になり、あれだけひどかった発疹も確実に消えて行き、
内心心配していたが、跡が残る事もなさそうだという感じになってくると、
彼女は「早く出せ!」とか軽口を復活させた。
入院の時にはパンパンに晴れ上がっていた顔は、やや赤みが残る以外、
すっかり元通りに戻っていつもの人懐っこい笑顔が浮かんでいた。
さすがにもう大丈夫だと思った。

式の日の天候を「暗示」と言った友達がいたが、ホントに早速そんな感じだった。
ここに来て彼女がお金の事を言い出したので、事情を説明したが、
「ある意味、新婚旅行したみたいなもんだよ」と言って笑った。
入院中、彼女がむしろボクを心配してくれたのが痛かった。
ボクは感謝しても詫びるなと言った。
当たり前だが、仕事より大切なことがあることを実感できたのも貴重だった。
離れた夜の暗さを知った。
見舞いを大変だなどと言われもしたが、行けない方がよっぽど辛かっただろうし、
実際、ちょっとの間でも、同じ部屋にいれば落ち着いたから、
結局やりたい様にやっていただけだ。
そんな点では、新婚旅行より得難い経験だとも言える。
もちろん、終わりよければであってのことだが。

彼女は月曜日に退院となり、ボクは午後、休みを貰って迎えに行った。
僕らは、8日間の新婚旅行を終え、電車に乗って帰途についた。
ニックネーム パラマリボ at 17:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記2007

大騒ぎ。ある種の新婚旅行?(前編)

発疹が出た翌日の木曜日、
彼女は38.5度の熱が出て、さすがに疲れどころじゃないだろうということになる。
ボクも会社を休んでかかりつけの近所の内科に連れて行くと、
麻疹を疑われたが、彼女自身、はしかに罹った経験があると言ったのもあり、
さすがに流行ってはいるとは言え、滅多にない事には違いなく、
また、麻疹であっても血液検査の結果は1週間程度掛かるそうで、
寝ていればいい病気っていうのもあって、安静に、ということで、帰って寝させた。
熱は断続的に出て、その時は辛そうだが、熱が引けば結構普通だった。
ただ、顔の発疹は、首筋へと移り出していた。

午後には収まっていた熱が、夜になると39度を超え出す。
ハンドタオルを凍らせて、顔に被せ、温まったら取り替えという事を繰り返した。
顔は発疹が滲んで全体が赤く腫れつつあったが、発疹自体は峠を越えたのかな、
と、まだどこか悠長な二人だった。

金曜日、熱は38度台の後半だったが、彼女は39度未満だと、
起きられないほどは辛くないらしく、どうしても仕事が休めないというので、
タクシーを探して途中で降りるボクも一緒に乗って行った。
ただ、彼女の出で立ちは、冷えピタシートをおでこに貼ったまま、
赤ら顔にマスクと、どう考えても普通には程遠い有様で、
健康を自負していた自分でもさすがに堪えつつあったのか、
最低限の片付けものだけをして、早退して帰って来た。

互いに大事ない事を信じたくもあったので、峠を越えたと言い合い続けていたが、
この晩あたりから、さらに険しくなるのを思い知らされる。

夜にはやはり39度を越えて、10枚近くをローテーションさせたはずの
ハンドタオルを冷やすのが間に合わなくなって来た。
夜中も関係なく、何度となくタオルの替えを繰り返し、
買い込んでいたヴォルヴィックは、どんどん空になって行く。
熱が出るなら出した方がいいと着込んでいたが、それで余計に熱が上がる様で、
寝室は彼女自身の熱とタオルが温まって上る湿気とで、
何とも薄気味悪い暗がりになっていた。

土曜日。
木曜日に行った医者から血液検査の結果が分かるから来いと言われていた。
その段階でも原因は不明だったが、麻疹かどうかではなく、
肝機能が悪いのが気になると言われた。
レントゲンを撮られたが、この点では異常はないようだったが、
麻疹をこじらすと肝機能障害や肺炎を起こし、
そちらの方が怖いと、看病の傍らコッソリ調べて知っていたので、
ボクの抱いた薄気味悪さは強くなった。
医者にはこの日の血液検査の結果が月曜日に分かるから、その段階でもし、
肝機能が悪化しているようであれば入院を検討したい、と言われた。
同時に、週末中、悪化した場合に備えてと、紹介状を渡された。

この日は、マリンスタジアムに行く予定だった。
彼女的には、それでも朝になれば熱が下がると思っていた様で、
前日などは、仮に自分が行けなくても、ボクには行く様にと言い、
というより自分も行くつもりバリバリな感じだったのだが、
さすがに熱が引かないのにはショックだったらしく、大人しくなってしまった。
ただ、午前中はまだ余裕がある様で、顔全体をタオルで覆いつつ、
自分が『幕張ファイヤー』だと、自爆ネタ的におチャラケたポーズを取るなどしていたが、
後で思えば、心配させたくないと言う気遣いだったのかも知れない。
ボクは、友達を誘っていたのもあって、ドロップはむしろ彼女を傷つけるのでは、
と行くべきかどうか迷ったが、どう見ても赤黒く腫れ出した彼女の顔を見て、
迷っている場合じゃないと悟った。

前日までは午後になると一度熱が引いていたが、この日は熱が下がらなくなり、
顔の晴れは一層ひどくなって目を開けているのも難しそうで、
彼女から表情と軽口がなくなった。

弱音を吐かない彼女が「今夜がヤマダ」とお笑いのフレーズを言うのを訊いて、
ネタになってない、と寒くなった。
この日の夜もバトルだった。
ものを呑む時いちいち首を縦に振るので、ふざけているのかと思ったが、
喉が痛くて通らないという事だった。
また、咳は前からひどかったが、それが湿った音を上げる様になり、
呼吸自体にもヒーヒーと嫌な音が混ざる様になっていた。

夜中でも絶対に起こす様に言っていた。
さすがに数日の看病で、ボク自身、草臥れつつあったが、
彼女の奮闘を前に言ってる場合かと自分をたしなめ、
彼女に突かれる度に寝室と台所を行き来した。

日曜日。
熱は40度を超えていた。
彼女は耳が痛いと言い出した。
顔の赤黒さは一層進み、見ると耳の下が腫れているのが分かった。
調べていた中に、合併症として中耳炎も起こすとあったので、
症状が確実に進んでいる事を確信して、ボクは大病院に連れて行こうと思った。
念のため、病院嫌いの彼女に尋ねたが、さすがに異存はないようだった。
病院は、彼女自身一度掛かった事がある、電車で一駅の大学病院にした。
どう考えても入院だろうと思ったので、当面の着替えなどをバッグにねじ込んで、
病院に電話をした後タクシーを呼び、緊急外来に行った。

診察には2時間ぐらい掛かった。
見立てはやはり麻疹疑いだが、それより、レントゲンを撮ると、
昨日なかった水が肺にあって肺炎を起こしている事が分かり、
即入院が必要ということだった。
正直、それを訊いてホーっとした。
原因も分からず、安静にとだけ言われて薬もなく、日々悪くなって行く彼女を見て、
もし、このまま帰されたらどうしようかと思っていたのだった。

同時にここまで入院させなかった事を悔いて医者に訊いた。
今日入院させたのはベストで一日待つと危なかったと言われたが、
同時に昨日の段階では、やはり自宅安静になっただろうとのことだった。
自分の判断は悪くなかったのが分かったが、それでも当然、悔いは消えなかった。

個室に入れられた。
ウィルス性疾患には違いないと言う事で、実質的に隔離されたようだった。
ボクは手続きをしてから病室に行くと、まず、大げさなマスクをさせられた。
彼女は点滴を打たれ、鼻には酸素吸入のクダを入れられていて、見事なまでの重病人。
ボクは迂闊にも目頭が熱くなったがごまかした。
休日当番の医者が来て、当座の治療方針を説明されたが、
ご時世もあってかリスクばかりを朗々と言われてイライラした。
ボクは当たり前に泊まるつもりだったが、
ウィルス性疾患であり、面会時間も少なくすべきで、帰る様にと言われた。
ボクは一度家に帰り、夕方に足りなかった入院アイテムを持ち戻った。
治療の間眠れずにむしろ状態を悪くさせていた様に見えた彼女は
少し落ち着いた様子だった。

面会時間終了の8時が過ぎて、心配しないでゆっくり休む様に言い残し、
暗く人影もない休日夜の病院を後に外に出た。
昼前に病院に来てから、もの凄く長い時間が経った気がした。
みっともないが、帰途につく道、彼女の有様を思い返すと泣けた。
気づけば27日。
式と披露宴のあった19日の土曜日から、既に8日が過ぎていた。

翌月曜日には当然の様に仕事を休んだ。
朝、かかりつけの医者から電話があった。
状況を説明すると、土曜日の採血の結果が悪化しているということで、
つくづく日曜日に入れて良かったのが分かった。

11時の面会時間に合わせて病室に行った。
昨晩は41度まで熱が上がったそうで、発疹は身体に広がっていた。
病院に入れたのに悪くなっているという事が不安だった。
ニックネーム パラマリボ at 16:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記2007

エピローグ〜大騒ぎのプロローグ

披露宴の後、タクシーで銀座に行き、
遠方からの来賓と自分達のために予約しておいたホテルの近くの居酒屋で、
数人の来賓(友人)とちょっと呑んだ。

翌朝はピーカンで、暑いぐらいだった。
僕らは、荷物を抱えて銀座から有楽町まで歩き、そこから電車で帰宅した。
確か午後は店屋物を頼んだが、
それ以外、特にボクはリビングの一人掛けのリクライニングソファ
張り付いた様になってほとんど動けなかった。
なんでだか、全身筋肉痛だった・・・ビアサーバーじゃないだろう、
『身を引き締める』のが強くて全身強ばり続けていたからかも知れない。

月曜日は、終日休みを取っていたボクは、午後から仕事に行く彼女を見送って、
一日ダラダラしていると、さすがにだいぶ復活した気がした。

火曜日の朝、彼女の顔の肌荒れがひどくて驚いた。
疲れが出たんだろうと言い合った。
水曜日の朝、彼女の顔の肌荒れは、発疹に変わった。
確かに肌が弱めで、身体のあちこちにこうした症状が出るのは知っていたが、
いくら疲れていてもと、医者嫌いの彼女たしなめ、必ず観てもらう様に行って、
いつも通り一緒に通勤電車に乗り、いつもの駅で別れた。

仕事中、ケータイにメールが来た。
医者(=皮膚科)では、疲れだろうと簡単な薬を貰ったらしく、
お互い、慣れない事で疲れちゃったんだねぇ、などと言い合った。

けれど、事はそれでは収まらなかった。
ニックネーム パラマリボ at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記2007

2007年06月03日

球?宴出場を果たして(後編)

ボクが羽織ったのは、マリーンズのユニフォーム。
ちなみにギザギザのデザインの誠バージョン
一度入場してから着るって事にしてたやつだ。
てか、応援の時とかは前は開けっ放しなんだけれど、
なぜかキャプテンは前のボタンを全部とめてくれたりした。

司会の人。
「昨年、新婦が新郎に連れられて行った5試合中、4試合がサヨナラ勝ち。
 彼女は、勝利の女神なのかもしれません。
 今日は皆様に新郎新婦から勝利の美酒のプレゼントを・・・」云々。

ボクはビールのタンクを担ぐ。
ずっしり来るそれに、力の入れ具合が分からず、危うく
ラストシュートの時のガンダムの様に(?)膝からくずおれそうになりつつ。

BGMは、ようやく再入場の時のCristal Kayから、『WE LOVE MARINES』に変わる。
ボクが番組を作っていた時には、画面が変わる前にBGMを先行させる、
っていう演出方法をよく使った。
こっちの方がパンチがあって、テンポが出るし。
だからさっきはBGMの出にこだわったのだが、まぁ、仕方ないか。
っていうか、相変わらず、追いつめられてても、妙なところに力が入るもんだ。

キャンドルサービスの代わりに、テーブルを回り、
時間の都合もあって、くじに当たった人にボクがビールを注いで、
彼女がその他の人も含め、おつまみを渡した。
くじのストローを入れるのに使ったのは、
この前行ったマリンスタジアムから持って来た、
マリーンズロゴの入った生ビールの紙コップ、
おつまみは彼女がどっかで買ってきたナッツの小袋と、
マリンスタジアムで売っていたメイプルクッキーだった。
彼女が、ドレスのために自由が利かなかったのもあったそうだが、
おつまみを、近くにいる人にテーブルを回す様にとまとめて渡していたのが笑えた。

しかし、このビアサーバー、上手く注げず、泡だけになっちゃって、多いに肴にされた。
ドレスとの格闘の仕方とビアサーバーの注ぎ方はリハーサルにはなかった。

球宴って書いたのはそーんな他愛のない事があったからだ。
ちなみに、会場にはそこかしこに旗やサインボールなど、
マリーンズグッズを配していて、多かれ少なかれ、
このユニフォーム姿みたいな展開は予想できる人もいたらしい。

実はウェルカムボードにも、マリーンズ選手のベースボールカードを貼っていて、
中には僕ら二人がマリンスタジアムで撮ってもらったスナップを、
ベースボールカード風にボクが作ったのも混ぜていたのだけれど、
やっぱりこの地味なこだわりは、ほとんどの人にスルーされたことだろう。

冷笑を覚悟したが、来賓の懐の深さに救われ、
仮想大賞の『合格はさておき頑張った子供』に与えられる様な笑いに包まれて、
まぁ、やってよかったと思った。

ところで、会場選びの時、マーくんとかチアリーダーを呼んじゃおうか、
という話にもなったが、セットで30万とのこと、逡巡して止めたが、
ここまでやるなら、やっぱりやっちゃった方が良かったかも知れない。

友人の言葉をもらう。
ボクの友達は、もう20年近い付き合いになるバイト時代の後輩で、
元総理の顧問弁護士の秘書を努める実直なヤツだ。
独特な節回しがあって、彼を知らない友達に受けていたが、
いい意味で期待を裏切り、とてもいいスピーチをしてくれた。

彼女の友達は、スピーチの後、4人で唄ってくれた。
ケータイのメモを見つつというのが新鮮だったが、
何より、友達も彼女も泣き出してしまい、ボクはその友達(女性)に、
「大事な友達を取られちゃう気がする」と言われたり、
とにかく、本当にいい友達なんだなぁ、と思った。

事前にメイクさんに彼女が泣いてしまった時のハンカチの使い方を教わっていたが、
うまくできなくて、そのまんま渡した。
いずれにせよ、この日、彼女の感情が初めて素で出た、いい瞬間だった。

ケーキバイキング。
テラスの庇の下にケーキが並ぶ。
僕たちはキャプテンに導かれてその横に立っていたが、
どうやらシャッターチャンスだったらしいものの、
張りボテに慣れつつあったボクが気づいたのは、ほぼ人がはけた後だった。
ちなみに、この時、さっきまでの荒天はすっかり収まっていた。

ケーキは、菓子職人風のスタッフの手で来賓に取り分けられていた。
ウェディングケーキと、あとはプチケーキが一杯あってキレイで、
普段あまりケーキを口にしないボクもちょっと食べたかったけど、
当たり前に実現しなかった。
ただ、ファーストバイトの時のウェディングケーキは凄く美味かった。
あんなもん、形だけだと思っていたが、ケーキ職人さん、すみませんでした。

席に戻って、テーブルにあった魚と肉の皿を
それぞれ箸で素早くつまんだら美味しかった。
彼女は相変わらず食べようとしないので残っているのがもったいなくて、
お腹空いてたし、手を出そうとしたけれど、やっぱり実現は見送った。

ほどなく、二人はテーブルの前に立たされ、
キャプテンから手渡された手紙が彼女の手の中にあった。
彼女は涙に詰まりながらも両親への手紙を読み切る。
この手紙は、前日彼女が一人で書いていた。
何となくボクは近くにいちゃいけない気がして、
彼女を一人リビングに残して、寝室でガンダム本かなんか読んで待っていたものだ。
その時、リビングには、彼女のリクエストで、ボクのマックのiTunesから、
オフコースが掛かっていた。

朗読の途中、途中で初めて気づいたが、対面、会場の末席の後ろには、
互いの両親が並んで立っていた。
手紙の後、僕たちは赤い花束を渡され、
それを持って、テーブルの間を縫って両親の前に進み、
互いの両親にその花束を手渡した。
渡す時、父母どちらにしたものか、何を言ったらいいものか、
一瞬考えたが、父を見つつ母に、「ありがとう」か何か言って渡したと思う。

そのまま僕たちは両親の列の真ん中に収まり、
ボクの父の列席者への挨拶が済んで、ボクの番になった。
周りはどう思ったかさて置き、びっくりするほど淀みなく言えた
・・・Mission Completed。

両親も含め僕らはテラスに出た。
テラスでは、今日を切り盛りしてくれた若い会場係の面々が、
「おめでとうございます!」と若い声と拍手で迎えてくれたのが清々しかった。
キャプテン以下を従え、僕らの前に立ったプロデューサーが、
改めて祝いと締めの言葉をくれたのには、なにやら気が引き締まって鳥肌が立った。
このプロデューサーはボクより10歳程度上、25年もブライダルを仕切っているという、
ジェントルを絵に描いた様な人で、準備中、本当にお世話になった。
この人の改まった顔を見て、これで終わりなんだ、
という達成感と寂寥感の合いまった感覚が、鳥肌になったのかも知れない。

その後、ダイニングのテラス側のガラス戸を出て来る来賓を送った。
一連、こうした時にそうだった様に、ボクは最後まで、
お祝いを言ってくれたりする来賓に、とにかく頭を下げて、
精一杯笑顔を浮かべつつ、誰の顔も見ていなかった気がする。
いや、感謝してないってわけじゃなくて。

会場を飾ってくれた黄色い花は、せっかくだし、花束にして渡せる様にしていた。
数を数えると女性の来賓と合うはずだったが、
途中から挨拶と笑顔と粗品の手渡しなどで、ワケが分からなくなってしまい、
男性に渡したりして、最後は足りなくなって何となくごまかした。
逆に誰かに渡しそびれたのかも知れないが、
粗品に用意していたハート形の入浴剤が残ってしまったので、
プロデューサーに渡したら、「私は風呂好きなんです」と、
最初から最後まで、訊いてもいないのにサービス精神旺盛なコメントと笑顔と共に
受け取ってもらえたのが、何とも嬉しかった。

あらかた来賓が退出した後、彼女の友達が貧血で残っていると知らされた。
僕らはそのテーブルに行ったが、周りに友人がついていて、
ほどなく彼女を抱えて出て行った。

気づくと、余韻に浸る間もなく、早速スタッフが片付けをしていた。
仕方ないのだが、ちょっとだけでも、人気のなくなった宴の後の中にいたかった。

ほどなく呼び止められて、お色直しの記念撮影になった。
式の前と同じくいろんなポーズを取らされたが、
この時はガッツポーズでもなんでもいいや、と応じる事ができた。

すっかり日が暮れて、灯りの落ちた邸宅外の道をプロデューサーと一緒に歩き、
階段を上ってメインの建物に入って、メイク室に戻った。
我が家に戻った様にホッとしたのを覚えている。
ここに最初に入ったのが、確か1時、そしてこの時が7時過ぎ。
早回しのカレイドスコープかメリーゴーランドみたいな一日だった。
互いに衣装を脱ぎ、着て来た普段着に着替え、
手際良くまとめられていたウェルカムボードとかを仕分けて、
配送の手配を頼んで、この我が家を後にした。
そう言えば、理由は知らぬが、今日の写真のアルバムを、
サンプルとして使いたいというカメラさんの申し出があって、
異存はないので首を縦に振った。
ボクみたいな不似合いなヤツでも、それなりに何とかなるって、
後に来る無粋な男の助けになればいいな、そんな風に思った自分が愉快だった。

預けても尚重い荷物もあって、タクシーをお願いした。
待つ間、これまで何度も通った時に何度も座ったロビーのソファに腰掛けて
全て終わったんだと思った。
いや、これから始まるんだな、そんなベタな決心も同時に新たにした。

タクシーが来たと呼ばれて、門の外に出た。
夜空の中程にやや右がかった下弦の月が出ていた。
今日の天気、一連を思い返して見上げつつ、彼女にも指差してみせると、
「薄っ(い月)!」と風情を解さぬ一言に、膝かっくんな気分だった。
けれど、彼女もいつも通りに戻ったんだな、と思った。

花嫁姿には痺れたけど、やっぱりいつも通りが一番だ、
ボクは、月から目を離さないまま、そう思った。
ニックネーム パラマリボ at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記2007

球?宴出場を果たして(中編)

披露宴の事は、よく覚えていない。
というか、緊張の式が終わって、多少弛緩したのか。
または、あとの気がかりだった、端と締めの挨拶をキッチリできるか、
という事に意識が行っていたからかも知れない。
いずれにせよ、ほんとに一瞬、何かの上を滑っている様な不思議な感覚だった。



披露宴会場にしたブルードア邸は、着席のキャパが最大で70人ぐらいだそうだ。
前方後円墳みたいな形で、円というか八角形のダイニングに、
四角いリビングがくっついていて、
リビングの片側に出入り口である青い扉(=ブルードア)があり、
その対面、反対側からテラスに出られる様になっている。
テラスは、脇からダイニングの半分に沿う形になっていて
出入り口付近は、タイル張りの床で大きな庇があり、他は芝生が敷き詰められている。
ダイニングは全面ガラス張りで、錐状の天井からはレースの布が四方へと広がっている。

僕らは来賓を誘って、この邸宅まで歩いて来て、
入り口で向き直り、ブルードアの前で来賓を招き入れた。
最後まで待っていると、前週、帝王切開をしたばかりなのに、
式だけでもと来てくれた彼女の友人とほんのちょっと話した後、スナップに収まり、
彼女の親戚にも捕まってやはり記念撮影となった。
宅内の来賓は、用意していたウェルカムドリンクを手に、
リビングからテラスのあたりにいて、僕らはその間を縫って、
テラスのとっ先、ダイニングの上座の外側あたりにある
数段小高いところに置かれたウェディングケーキの前に並んだ。

芝生の上に集まった来賓を前に、
用意していた挨拶を、最初の部分を思いっきりすっ飛ばしつつあっさり終え、
挨拶は僕だけだろうと鷹をくくっていた
(正確にはボクがそうミスリードしていたのだが)彼女もマイクを向けられて、
戸惑いつつも一言発した後、彼女の上司のスピーチをQにして乾杯をした。
手が震え加減だったから、ぶつけてシャンパングラスを割りはしないかと、
自分の手を操作の覚束ないマニピュレーターみたいにおどおど動かしつつ、
彼女とグラスを交わした。

ケーキ入刀。
僕らは、彼女がラフを起こしたマーくん(マリーンズのキャラ)
が描かれた(!)ケーキにナイフを入れた。
後で散々からかわれたが、この時もやっぱりちょっと手が震えていた。
ファーストバイト
ケーキの食べさせっこで、準備段階で何となくOKしてしまっていたが、
これは結構恥ずかしかった。
彼女には食べやすく小さく切って差し出したが、
司会の人の振りもあって、僕は何かやらなきゃなんだろうと気づき、
彼女がしっかり大きく切り取ったのを、思いっきり大口を開けて頬張って、
ちょっと口の周りに付いちゃったが、すかさずキャプテン(進行のリーダー)が、
フキンを出してくれて、お約束を完遂した。

テラス入り口に戻って来賓を宅内へと迎え入れつつ、
それぞれのユニットと記念撮影になった。
「新郎、笑顔で〜っ!」と、さっきの記念撮影の時と同じく、
盛んにカメラさんに言われたが、
政治家でもタレントでもないし、どう笑えばいいのか分からなくて、
自分でもはっきり分かるぐらいこわばった笑顔になってしまった。

友人や家族とグダグダやっていると、気づけば来賓の大部分は着席してしまっていた。
本当なら、新郎新婦がそれぞれのテーブルに誘う、って手はずだったのだが、
案内はそこそこに、僕らは素知らぬ振りして、上座にある席に着いた。
ちなみに席次表は個々には配らず、そのかわりにコルクボードに作って掲げておいた。
選んだ花と会場の色に合わせて黄色と青紫の紙をテーブルに見立て、
その上に名前を書いた白い紙を貼り、やはり黄色と青紫の花飾りをつけたピンで留めた。
花飾りは僕が東急ハンズで買って、内職よろしく一つずつピンに巻き付けたものだった。
10卓分を作るのに2時間も掛けた、
力入り過ぎ&地味な工作で分かられずじまいな力作だった。

席に着く前にBGMが耳に入った。
準備段階で僕が好きな曲とかを中心に選んで、
プロデューサーには普通と違うと面白がられたものだったが、
やっぱりイメージ通りで、「ほら見ろ」と安心したが、
多分、来賓にはあまり聞こえていないだろうと思った。

花が綺麗なのが目に入った。
黄色と青で揃えていたが、こちらもイメージ通り、というか、
さすがにそれなりするだけある、見知ったカラーなども、
普段はお目にかからない立派なものだった。

司会の振りで食事が始まるとすぐに僕の上司のスピーチになった。
何を言われるのかヒヤヒヤしたが、さすがに場数を踏んでいるのだろう、
小ネタも入れつつスッキリとまとめてくれて、有り難いと思った。

前菜のカルパッチョだったかをちょっとつまんでみたら美味しかったから
彼女に勧めてみたが、彼女は、僕より硬くてそれどころじゃないみたいだった。
というか、ドレスの下のビシっと締められたファンデーション
コルセットみたいなの)に、実力で飲食を阻止されていたのが実際だったようだが。

二人のなれそめを語る司会の声が耳に入った。
僕が手紙でプロポーズしたっていう下りで、
彼女の友達の女性達から「フワぁ」っていう様な歓声が上がった。
またこの前後、目の合った友人に居直った様な得意顔を振り向けてみたりしていると、
何だか緊張がほぐれるのが分かった。

プロデューサーの人から勧められていたので、
デジカメで上座目線から会場を狙ってみたが、
彼女の同僚の、何ともハトが豆鉄砲喰らったみたいな表情が、
どうしてもファインダーの中央を占領してしまい、おかしくて撮るのをすぐ止めた。

締めの挨拶の大敵と思っていたビールを注ぎにくる攻撃は
思っていたほどじゃなく、体調的にも呑んでも酔わない確信ができたが、
調子に乗るとロクな事がないと自重しぃしぃにした。

司会の人がお色直しを告げ、彼女がエスコートにお母さんを指名した。
「もう?」と思った気がする。
彼女がいなくなってほどなくすると、
雷鳴と共にバラバラとガラスに当たる音に気づき外を見ると、
いつの間にか黒い雲が低くたれ込めて、ひょうが降っていて驚いた。
ビールを注ぎに来た友達が口々に
「これも演出か?!」「夫婦生活を暗示している様だな」などと言って笑った。

僕が中座する番になる。
エスコートは流れ的に母にしたが、
自分で指名するのは勘弁して欲しいと言ってあったので、司会の人に促され、母が来た。
母は僕の手を取って、思いっきり、おててつないで的に前後に振って見せた。
母のそんなに楽しそうな顔はあまり記憶になかったから、
カッコ悪いけどいっか、と任せる事にした。

末席の先にある小部屋には彼女が鏡の前に座って既に着替えを終え、
メイクを直されていた。
ややローズがかった白いウェディングドレスから、
薄紫色の、クレープ地が斜めに波打つドレープのあるドレスになったが、
やっぱりこっちもいいな、と思った。
彼女は当初、お色直しはいい、なんて言っていたが、どうせこんな式とかやるなら、
やれることはみんなやっておいた方がいいってもんだ。

僕は直後、隣のトイレに行って小部屋に戻ると、
やんぬるかな、タキシードの腰の辺りに水を跳ねかけてしまったのに気づいて慌てた。
おそるおそるメイクさんに言うと、「ドライヤーかけましょうかね」と言われて、
なるほどと安心したが、結局ほどなく水染みは消えて、杞憂に終わった。

ただ、ボクが式の前に『これは新婦を守る剣を意味します』と持ち方と共に説明され
渡されていたグローブをテーブルに置いて来てしまった事を告げると、
「ちゃんと持って来て下さいねっ!」とたしなめられ、
幼い頃、団地で友達の母親に叱られた時みたいな気分になった。

ちなみに僕がお色直しで何を変えたかと
「間違い探し」に躍起だった友達もいたようだが、
僕が自分の有様をサバと呼んだ銀のタキシードはそのまま、
ポケットチーフを、彼女のドレスに合わせて白から薄紫に変えただけ、
あ、あとは黄色いガーベラを中心にしたカラードレス用のブーケに合わせて、
彼女の髪にも同じ花が付けられたのだが、
ついでの様に僕の胸にもそんな花が差された、その2つだけだった。

小部屋を出ると、僕の友達がちょうどトイレから出るのと鉢合わせになった。
ヤツは「やばっ!」を見事に体現した様な表情を見せたが、
スタッフに促されて先に会場に戻って行った。

お色直しをして入場。
その前、メイク室ではメイクさんと確認に追われた。
「これ着て出るんですよね?」メイクさん。
「いや、それは入場してからのはずです」とボク。

という訳で素知らぬ顔をして席に戻って挨拶。
この後、その時と思ったボクは、ボクはプロデューサーを目で追って、
「音楽は?!」と訊いたが、「後です」と言われ、
タキシードの上着を脱いで、キャプテンが持って来たそれを
彼女を通じて着せられるに任せると、会場が湧いた。
ニックネーム パラマリボ at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記2007