彼女は38.5度の熱が出て、さすがに疲れどころじゃないだろうということになる。
ボクも会社を休んでかかりつけの近所の内科に連れて行くと、
麻疹を疑われたが、彼女自身、はしかに罹った経験があると言ったのもあり、
さすがに流行ってはいるとは言え、滅多にない事には違いなく、
また、麻疹であっても血液検査の結果は1週間程度掛かるそうで、
寝ていればいい病気っていうのもあって、安静に、ということで、帰って寝させた。
熱は断続的に出て、その時は辛そうだが、熱が引けば結構普通だった。
ただ、顔の発疹は、首筋へと移り出していた。
午後には収まっていた熱が、夜になると39度を超え出す。
ハンドタオルを凍らせて、顔に被せ、温まったら取り替えという事を繰り返した。
顔は発疹が滲んで全体が赤く腫れつつあったが、発疹自体は峠を越えたのかな、
と、まだどこか悠長な二人だった。
金曜日、熱は38度台の後半だったが、彼女は39度未満だと、
起きられないほどは辛くないらしく、どうしても仕事が休めないというので、
タクシーを探して途中で降りるボクも一緒に乗って行った。
ただ、彼女の出で立ちは、冷えピタシートをおでこに貼ったまま、
赤ら顔にマスクと、どう考えても普通には程遠い有様で、
健康を自負していた自分でもさすがに堪えつつあったのか、
最低限の片付けものだけをして、早退して帰って来た。
互いに大事ない事を信じたくもあったので、峠を越えたと言い合い続けていたが、
この晩あたりから、さらに険しくなるのを思い知らされる。
夜にはやはり39度を越えて、10枚近くをローテーションさせたはずの
ハンドタオルを冷やすのが間に合わなくなって来た。
夜中も関係なく、何度となくタオルの替えを繰り返し、
買い込んでいたヴォルヴィックは、どんどん空になって行く。
熱が出るなら出した方がいいと着込んでいたが、それで余計に熱が上がる様で、
寝室は彼女自身の熱とタオルが温まって上る湿気とで、
何とも薄気味悪い暗がりになっていた。
土曜日。
木曜日に行った医者から血液検査の結果が分かるから来いと言われていた。
その段階でも原因は不明だったが、麻疹かどうかではなく、
肝機能が悪いのが気になると言われた。
レントゲンを撮られたが、この点では異常はないようだったが、
麻疹をこじらすと肝機能障害や肺炎を起こし、
そちらの方が怖いと、看病の傍らコッソリ調べて知っていたので、
ボクの抱いた薄気味悪さは強くなった。
医者にはこの日の血液検査の結果が月曜日に分かるから、その段階でもし、
肝機能が悪化しているようであれば入院を検討したい、と言われた。
同時に、週末中、悪化した場合に備えてと、紹介状を渡された。
この日は、マリンスタジアムに行く予定だった。
彼女的には、それでも朝になれば熱が下がると思っていた様で、
前日などは、仮に自分が行けなくても、ボクには行く様にと言い、
というより自分も行くつもりバリバリな感じだったのだが、
さすがに熱が引かないのにはショックだったらしく、大人しくなってしまった。
ただ、午前中はまだ余裕がある様で、顔全体をタオルで覆いつつ、
自分が『幕張ファイヤー』だと、自爆ネタ的におチャラケたポーズを取るなどしていたが、
後で思えば、心配させたくないと言う気遣いだったのかも知れない。
ボクは、友達を誘っていたのもあって、ドロップはむしろ彼女を傷つけるのでは、
と行くべきかどうか迷ったが、どう見ても赤黒く腫れ出した彼女の顔を見て、
迷っている場合じゃないと悟った。
前日までは午後になると一度熱が引いていたが、この日は熱が下がらなくなり、
顔の晴れは一層ひどくなって目を開けているのも難しそうで、
彼女から表情と軽口がなくなった。
弱音を吐かない彼女が「今夜がヤマダ」とお笑いのフレーズを言うのを訊いて、
ネタになってない、と寒くなった。
この日の夜もバトルだった。
ものを呑む時いちいち首を縦に振るので、ふざけているのかと思ったが、
喉が痛くて通らないという事だった。
また、咳は前からひどかったが、それが湿った音を上げる様になり、
呼吸自体にもヒーヒーと嫌な音が混ざる様になっていた。
夜中でも絶対に起こす様に言っていた。
さすがに数日の看病で、ボク自身、草臥れつつあったが、
彼女の奮闘を前に言ってる場合かと自分をたしなめ、
彼女に突かれる度に寝室と台所を行き来した。
日曜日。
熱は40度を超えていた。
彼女は耳が痛いと言い出した。
顔の赤黒さは一層進み、見ると耳の下が腫れているのが分かった。
調べていた中に、合併症として中耳炎も起こすとあったので、
症状が確実に進んでいる事を確信して、ボクは大病院に連れて行こうと思った。
念のため、病院嫌いの彼女に尋ねたが、さすがに異存はないようだった。
病院は、彼女自身一度掛かった事がある、電車で一駅の大学病院にした。
どう考えても入院だろうと思ったので、当面の着替えなどをバッグにねじ込んで、
病院に電話をした後タクシーを呼び、緊急外来に行った。
診察には2時間ぐらい掛かった。
見立てはやはり麻疹疑いだが、それより、レントゲンを撮ると、
昨日なかった水が肺にあって肺炎を起こしている事が分かり、
即入院が必要ということだった。
正直、それを訊いてホーっとした。
原因も分からず、安静にとだけ言われて薬もなく、日々悪くなって行く彼女を見て、
もし、このまま帰されたらどうしようかと思っていたのだった。
同時にここまで入院させなかった事を悔いて医者に訊いた。
今日入院させたのはベストで一日待つと危なかったと言われたが、
同時に昨日の段階では、やはり自宅安静になっただろうとのことだった。
自分の判断は悪くなかったのが分かったが、それでも当然、悔いは消えなかった。
個室に入れられた。
ウィルス性疾患には違いないと言う事で、実質的に隔離されたようだった。
ボクは手続きをしてから病室に行くと、まず、大げさなマスクをさせられた。
彼女は点滴を打たれ、鼻には酸素吸入のクダを入れられていて、見事なまでの重病人。
ボクは迂闊にも目頭が熱くなったがごまかした。
休日当番の医者が来て、当座の治療方針を説明されたが、
ご時世もあってかリスクばかりを朗々と言われてイライラした。
ボクは当たり前に泊まるつもりだったが、
ウィルス性疾患であり、面会時間も少なくすべきで、帰る様にと言われた。
ボクは一度家に帰り、夕方に足りなかった入院アイテムを持ち戻った。
治療の間眠れずにむしろ状態を悪くさせていた様に見えた彼女は
少し落ち着いた様子だった。
面会時間終了の8時が過ぎて、心配しないでゆっくり休む様に言い残し、
暗く人影もない休日夜の病院を後に外に出た。
昼前に病院に来てから、もの凄く長い時間が経った気がした。
みっともないが、帰途につく道、彼女の有様を思い返すと泣けた。
気づけば27日。
式と披露宴のあった19日の土曜日から、既に8日が過ぎていた。
翌月曜日には当然の様に仕事を休んだ。
朝、かかりつけの医者から電話があった。
状況を説明すると、土曜日の採血の結果が悪化しているということで、
つくづく日曜日に入れて良かったのが分かった。
11時の面会時間に合わせて病室に行った。
昨晩は41度まで熱が上がったそうで、発疹は身体に広がっていた。
病院に入れたのに悪くなっているという事が不安だった。

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