2007年06月10日

大騒ぎ。ある種の新婚旅行?(後編)

この週、月曜日全休の後、火、水と午後だけ仕事に出て、朝夕と病院に行った。
病院と仕事場の間は普通に行き来すれば40分ぐらいだが、
その時間が惜しくてタクシーで往復した。
彼女には回復するまで伏せておいたが、病院の個室料は、高級旅館ぐらいする。
それにボクはタクシー通勤で、果たしていくら掛かるのかとも思ったが、
んなこと、どーでもいいや、という気持ちの方が強かった。
当たり前だが、健康ってのは何より大事だってことを痛感した。

彼女の仕事場とも連絡を取り、彼女が残した仕事の確認の伝書鳩をやったが、
何より彼女の同僚のさりげない気配りが有り難かった。

互いの両親にも密に連絡をした。
正直、毎日、言葉を選びながらの病状説明は疲れたが、
結婚したことによる自分の立場を理解し、「家族」を感じる貴重な経験だった。

火曜日には彼女の両親が見舞いに来た。
お父さんは彼女の姿を見て、ショックで帰って寝込んでしまったそうだ。

互いの母親は、僕ら二人が式で宣言した(助け合うとかの)誓いを引き合いに出し、
早速実践しなきゃいけなくなったわねぇ、などと女性ならではの肝の据わり様で笑った。
同時に、式の前だったら大変だったとか、新婚旅行が直後に予定されていなかった事など、
盛んに不幸中の幸いを強調されたりもしたが、
実際、看ているのが一人じゃないっていうのを思えたのは心強かった。

週の半ばに入って熱が下がり出した。
肝臓の値が高いのが気になったが、ほどなく快復傾向がはっきりしてくると、
今度は自分の体調が気になった。
いや、もし麻疹にかかっていたとしたら、潜伏期間が一週間から10日で、自分の番かと。
罹る事での自分自身より、
それで彼女に負担をかけたり他人に拡げたらどうしようか・・・。
うつるのは熱と発疹が出てからと知ってからは、仕事場に赴いても大丈夫だと安心したが、正常かどうかを疑いながら生活するのがこんなに疲れるのかと思いつつ、
同時に新鮮な経験だった。

結局、ここまでこじらせるのは珍しいながら、麻疹だと分かったのは木曜日だった。
それが分かってホッとしたのか、午後から出社予定にしていたものの、
ドッと疲れが出て、見舞いに来てくれた彼女のお母さんにバトンを渡して、
帰ってとうとう寝続けた。

週末には、彼女の熱が37度台になり、あれだけひどかった発疹も確実に消えて行き、
内心心配していたが、跡が残る事もなさそうだという感じになってくると、
彼女は「早く出せ!」とか軽口を復活させた。
入院の時にはパンパンに晴れ上がっていた顔は、やや赤みが残る以外、
すっかり元通りに戻っていつもの人懐っこい笑顔が浮かんでいた。
さすがにもう大丈夫だと思った。

式の日の天候を「暗示」と言った友達がいたが、ホントに早速そんな感じだった。
ここに来て彼女がお金の事を言い出したので、事情を説明したが、
「ある意味、新婚旅行したみたいなもんだよ」と言って笑った。
入院中、彼女がむしろボクを心配してくれたのが痛かった。
ボクは感謝しても詫びるなと言った。
当たり前だが、仕事より大切なことがあることを実感できたのも貴重だった。
離れた夜の暗さを知った。
見舞いを大変だなどと言われもしたが、行けない方がよっぽど辛かっただろうし、
実際、ちょっとの間でも、同じ部屋にいれば落ち着いたから、
結局やりたい様にやっていただけだ。
そんな点では、新婚旅行より得難い経験だとも言える。
もちろん、終わりよければであってのことだが。

彼女は月曜日に退院となり、ボクは午後、休みを貰って迎えに行った。
僕らは、8日間の新婚旅行を終え、電車に乗って帰途についた。
ニックネーム パラマリボ at 17:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記2007
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