2007年11月20日

HM5)湖上集落〜下界へ

19日(月)ペルー4日目。

ホテルでの朝食の後、迎えまで時間があったので街に散歩に出た。
ペルーの通貨、ヌエボソルが足りなくなっていたから両替をしようと思った。
ペルーではほぼ普通に米ドルが使えるものの、
地方都市ではソルの方がレートがいいと聞いていたからだったが、
まだ8時過ぎで銀行はやっておらず、取りあえずアルマス広場に行く。
ちなみにペルーだけではなく、南米の都市は大抵、街の中心にアルマス広場がある。

好天でアルマス広場にはお約束の教会を眺め、しばしベンチに腰掛ける。
近くにいた靴磨きのオジサンに「トジョタ!」と声を掛けられる。
トジョタというのはトヨタの現地訛りの発音で、
僕がトヨタカップのウィンドプレーカーを来ていたから。
僕の靴は泥まみれだったけれど、磨いて貰う様なものではなかったからパス。

今日の相方はそこそこ体調もいいらしく、天気とトジョタおじさんに、
いや、正確に言えばトヨタ呼ばわりされた僕を面白がって、ニコニコしている。

しばらくして彼女が高山病の影響か鼻づまりが鬱陶しいらしく、
薬が欲しいというので道端のドラッグストアに入る。
「ナリス(=鼻)」と言ってみたものの、鼻づまりと言うコトバは知らず、
鼻水じゃなくて、というニュアンスを伝えようと
「No Agua(=水じゃない)」などと言ってみたり、
鼻の穴を指でふさぐ動作をしてみたりすると、
店員の女性が何か点鼻薬みたいなのを出してきてくれた。
ちなみにこの店は現地っぽい感じじゃなく、チェーンみたいな雰囲気で、
ロレアルのシャンプーとかも置いてあった。

calle_puno.jpg
※プーノ中心部の通り

中央市場に行ってみる。
2階建て、天窓から陽が差し込み、意外と清潔な感じで、
肉の塊や魚や雑貨など、ブロックごとにそれぞれ生活感があって
テレビの紀行物とか見ているみたいで楽しかった。

mercado_puno.jpg

市場の向かいに両替所を見つける。
街中の両替はレートは良いがごまかされたりすると聞いていたが、
銀行のあるブロックからは歩いてきてしまったのもあって、
面白半分で20ドルだけ替えてみると、何だか事務的で実際にレートも良く、
なーんの問題もなくて拍子抜けな感じだった。

ホテルで小袋で売られていたコカキャンディが
ネタ的に土産にいいかと市場に戻って大袋を探すが、
尋ねたおばちゃんに連れて行かれた先に売っていたのは
山と積まれたコカの葉っぱそのもので、大いに笑った。
・・・持って帰ったらフツーにタイホですね、これは。

ホテルに戻り、昨日ホテルまで送ってくれた現地ガイドの女性、
シルビアと落ち合い、ワゴンに乗せられて湖畔の船着き場へ行く。

今日のメインイベントは、チチカカ湖に浮かぶウロス島。

そう言えば途中で見かけたサッカー場に、ビックリしてシルビアに訊くと、
プロチームがあるとのこと。
3800mでサッカーができるなんて、どんな身体をしてるんだか。
けれど、国内リーグってムリだろうな。
海近くのリマのチームがここへ来て試合なんて出来るはずないし・・・
別にボクが心配する事じゃないんだけれど(笑)

案内された船は15人乗りぐらいのクルーザーで、2人用に貸し切り♪

cruiser.jpg

シルビアは小柄で朗らかな女性で、英語中心だが片言の日本語も使ってくれて、
とても分かりやすかった。
ウロス島っていうのは湖畔から船で30分ほどにある、
トトラという葦を敷き詰めて作られた浮島群で、今は40もあるそうだ。
以前は数島だったのが、
島民が仲違いしたりなど様々な理由で島が切り分けられて増えたとのこと。
それぞれの島には6〜8家族が住んでいるそうだ。
チチカカ湖は標高3810m。
富士山より高いところに長閑な景色が拡がる。

26foruros.jpg
※まだやるか?チチカカ湖を行く26。

島の一つに上陸。
カミサラヘ、だったか現地語のコンニチハを船で習い、
島のあんちゃん、おばちゃんに挨拶すると、笑顔で迎えてくれた。
ウロス島へは以前も来たが、確かに当時より島が小振りになっている気がする。
最初に、やはりトトラで編んだ弓形のソファに座る様に言われ、
島のあんちゃんがミニチュアを使って丁寧に島の作り方を教えてくれた。

uros.jpg
※島の全景。手前にあるのが「トトラソファ」。

トトラは湖に生えているのだが、
島にも家にもベッドにも、そして食料としても使われるそうだ。
当然だが水に浸かったトトラは腐って行くから、月に一度、
島中に新しいトトラを敷き詰めるのだそうだ。
以前から疑問だったのだが、島が流されないのは、
湖底にワイヤーで固定されているからだそうで、
分島など移動の必要がある時には、島ごとボートで引っ張るとか・・・なるほど。

トトラをかじってみる様に言われてやってみたが、
みずみずしいサトウキビみたいで、結構美味しいと思った。
慣れないと腹をこわすからと、吐き出す様に言われて、
もったいない様な悪い様な気がした。

次にトトラでできた家の中に案内された。
あろうことか島には太陽光発電装置があって、
家では普通に衛星放送が見られるそうだ。
太陽光発電はフジモリ元大統領からの贈り物だそうで、
島民は僕たちを日本人と知ってか、盛んにフジモリさんを讃えていた。

衛星放送と言えば、ペルーに着いた最初の晩にホテルでNHKまで見られて
大相撲をやっているのに驚いたが、
この葦の島の人でも朝青龍とか知っているのだろうか?

トトラのベッドも寝心地が良さそうだ。

あんちゃんがやおら壁に掛かっていた極彩色の民族衣装を手に取り、
僕らに着てみる様に言う。
これも商売かと性悪説が頭をよぎりつつ、断るのも無粋かと着てみると、
「フジモリ〜」と言われ、それを見ていた相方が似合いすぎだと爆笑していたが、
彼女自身の現地人ぶりも十分に似合っていて面白かった。
ちなみにウロス島の人はクスコなどで主流のインカの末裔であるケチュア族ではなく、
アイマラ族が中心だそうだが、衣装は写真などでよく見かけるペルー人のそれの、
色だけ原色に近いヤツ、といったところだ。

僕らはあんちゃんにカメラを預け、島のおばちゃんを挟んで写真に収まった。
高地の陽差しに真っ黒くなっているおばちゃんも歯は真っ白で、
そのコントラストが印象的だった。
そう言えば、トトラは歯ブラシにもなるような事を言ってたっけ。

結局、写真撮影でお金を求められる事はなくて、
疑った事をあんちゃんおばちゃんに悪い気がした。

島では、2人のおばちゃんが土産物を並べていた。
ガイドのシルビアに「ケンカの原因になるから一人から一杯買わない様に」と言われ、
なるほどと思いながら、結局、そのうちの一人から一つだけ、民芸品を買った。
いやぁ、織物とか見事で実際に欲しかったけれど、荷物になっちゃうんだよねぇ。
ごめんね、おばちゃん達。

シルビアが「一人25ドル出せばトトラ船で他の島に連れて行かせるけど?」
というから、
買い物できなかった後ろめたさを、それこそ前向きな興味で埋められるし、
ま、そんな言い訳以前に二つ返事で頼む事にした。
いくつかある中から櫓付の双胴船を選ばせてくれたので、ご満悦で乗り込む。
漕ぎ手は案内してくれたあんちゃんともう一人。

船に乗り移る時、おばちゃん達が「しょじょ寺」の唄で見送ってくれた。
相方は「ウルルン」みたいと言って、ウルルンしていた。

totoraboat.jpg
※左にいるのが島のあんちゃん。ずっと笑ってた。

途中、子供達がボールで遊んでいる島の横を通ると、
あんちゃんが学校だと教えてくれた。

しばらくして大きな島に着く。
クルーザーで先に着いていたシルビアによれば、
このあたりの都心みたいなところだそうだ。
観光客も結構いて賑わっていた。

島には土産物屋やレストランや、(もちろんトトラで出来た)ホテル、
国際電話も掛けられるという(やっぱりトトラで出来た)電話ボックスなどがあった。
何故か相方は電話ボックスに惹かれた様で、盛んに写真に撮る様に言われたが、
その他は、先ほど歓待を受けた島に肩入れしたい様で、
この島はそれなり、みたいな事を言っていたのが可笑しかった。

プーノへと戻る。
ペルーに行こうといい出した当初、
彼女はチチカカ湖とウロス島を知らなかった様だが、
ウルルン好きの彼女としては満足だったらしく、
僕としてはカードを切って良かった良かった。

プーノから車でシユスタニ遺跡。
車を降りて3800mの高地を1時間も歩くと聞かされて、
かなり後ずさりな気分だったが、
シルビアが、僕らのリアクションの機先を制してなだめる様に
「ゆーくり歩くから」と言うので乗ってみる事にした。

見晴らしの良い丘の上に、
5メートル以上はあるだろう、巨大な瓶みたいな墓がいくつかある。
西暦1000年頃、プレインカ時代のものだそうだ。

siyustani.jpg
※下から見上げる墓。

丘の裏側には湖があって、その真ん中に孤島がある。
そこでは超高級な毛が取れるというビクーニャを飼っているそうだ。
面白みはないのだが、音が何かに吸われているみたいに静かなところで、
畏敬の念を感じさせ、興味深かった。
いわれは忘れてしまったが、聖なる場所とされる一角があって、
最近増えたらしい韓国人の団体がドカドカと入っているのを
シルビアが険しい目つきで見ていたのが印象的だった。
「禁止されている訳ではないけれど、聖なる場所だから、入るべきではないと思う」
シルビアのそんな姿勢に共感が持てたので、僕たちは周りから眺めるだけにした。

車で1時間半ほど掛けてフリアカの空港まで送られ、シルビアとはここで別れる。
アンケートみたいなのを頼まれて、僕はお礼代わりに最大限の賛辞を書いておいた。

一つしかないレストランコーナーが混んでいたので食事を諦め、
相方にスナックを買ってきてくれる様に頼んでみる。
気づけば旅の間、僕が仕切ってばかりいたので、多少空気にも慣れたろうし、
はじめてのおつかい、ペルー編』をやってもいいだろうと思って(笑)
いや、上から目線ではなくて、自分で試行錯誤した方が良い思い出になるものだし。

ちょっと離れた場所から見ていると、
彼女は、たくましくも、ぞんざいな売り子の姉さんに身振りで立ち向かって
プリングルスとアイスバーを買ってきてくれた。
プリングルスが5ドルもすると聞いてボラれたのかと思ったが、
後で他で見てもそのぐらいするのが分かった。

僕らは待合室の外でそれを昼食代わりにした。
物欲しそうな子供達が来たので、
プーノで買っておいたキャンディを両手一杯渡したら喜んでくれた。

チェックインしてフライトを待つ間、土産物屋で、
コカキャンディーを見つけて2袋買う。
こんなもの日本へ持ち帰れるのかと思って訊いたけれど、
「アメよ、ただのアメ」と店員のお姉さん。

2時間ほどのフライトでリマへ戻る。
かくして高地修行?は終了。
平地のリマに着いてしまうと、
頭痛や風邪っぽい症状は嘘の様に消えているのに気づいた。
相方の顔色もすっかりいつも通りに戻っていてホッとした。
もう少しゆっくりした旅程を組めば、高山病にも悩まされなかったのだが、
過ぎてしまえばこれもいい思い出だ。

リマではまたフェルナンドが迎えに来てくれ、
初日に泊まったサンアウグスティン・エクスクルーシヴというホテルに戻る。
知った顔と知った場所に、何か自分達の場所に帰ってきた様な
ホッとした感覚に包まれた。

相方はホテルでゆっくりしたかった様だが、
リマの街を知らぬままもどうかと思ったので、
フェルナンドが勧めてくれた、歩いて10分ほどの近所にある
ラルコ・マルという海沿いのスポットに行ってみた。
夜のリマをちょっと警戒してはみたが、比較的安全な新市街で大通り沿いでもあり、
散歩感覚を楽しめて良かった。

ラルコ・マルは、海沿いの通りから海へと降りる斜面沿いに作られていて、
ブティックなどが居並ぶショッピングモールとレストランなどがあった。
看板やイルミネーションがきらびやかで、デートスポットらしい趣だった。
前回は荒れ果てた旧市街にしかいなかったので、リマの明るい顔に驚いた。

彼女はあまり腹も減っていないというので、
Bembo'sという地元のハンバーガーチェーンの店でセットを買って、
アトリウムで夕食とした。
何だか都会的な味が新鮮だった。

larcomar.jpg

食後しばらく高台から暗い海をみたりして、ホテルへ戻り、
チェックイン時に貰ったウェルカムドリンクのクーポンを使って
ロビーのバーでピスコサワーを頼んで、高地修行完遂を祝って乾杯した。

lobby_sanaugstin.jpg
※ホテルのロビー。クスコやプーノに比べると格段に都会的。

気づけばもう半分以上過ぎてしまったんだなぁ・・・。
ニックネーム パラマリボ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | caminand
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