2007年06月18日

燕が低く飛ぶと雨


会社の休憩スペースからの風景。

地上100メートルぐらいの中空、ビルに沿うように燕が盛んに行き来している。
ざっと見たところ数羽いる様だ。

ビルの壁面に巣でもあるのかも知れない。

燕にとってこの高さが高いのか低いのか分からないが、雨雲が近いのは予報で言ってたから、
燕が低く飛ぶと雨、ってフレーズを思い出した。

このフレーズができた時に高層ビルはないだろうから、雨が近くなると、彼らはもっと低い方へ行くのかな?

そういえば、燕は虫を追っていて、雨が近いと虫が地上に近く飛ぶんじゃなかったっけ?

燕達も昼時ってことかな。
ニックネーム パラマリボ at 12:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月10日

大騒ぎ。ある種の新婚旅行?(後編)

この週、月曜日全休の後、火、水と午後だけ仕事に出て、朝夕と病院に行った。
病院と仕事場の間は普通に行き来すれば40分ぐらいだが、
その時間が惜しくてタクシーで往復した。
彼女には回復するまで伏せておいたが、病院の個室料は、高級旅館ぐらいする。
それにボクはタクシー通勤で、果たしていくら掛かるのかとも思ったが、
んなこと、どーでもいいや、という気持ちの方が強かった。
当たり前だが、健康ってのは何より大事だってことを痛感した。

彼女の仕事場とも連絡を取り、彼女が残した仕事の確認の伝書鳩をやったが、
何より彼女の同僚のさりげない気配りが有り難かった。

互いの両親にも密に連絡をした。
正直、毎日、言葉を選びながらの病状説明は疲れたが、
結婚したことによる自分の立場を理解し、「家族」を感じる貴重な経験だった。

火曜日には彼女の両親が見舞いに来た。
お父さんは彼女の姿を見て、ショックで帰って寝込んでしまったそうだ。

互いの母親は、僕ら二人が式で宣言した(助け合うとかの)誓いを引き合いに出し、
早速実践しなきゃいけなくなったわねぇ、などと女性ならではの肝の据わり様で笑った。
同時に、式の前だったら大変だったとか、新婚旅行が直後に予定されていなかった事など、
盛んに不幸中の幸いを強調されたりもしたが、
実際、看ているのが一人じゃないっていうのを思えたのは心強かった。

週の半ばに入って熱が下がり出した。
肝臓の値が高いのが気になったが、ほどなく快復傾向がはっきりしてくると、
今度は自分の体調が気になった。
いや、もし麻疹にかかっていたとしたら、潜伏期間が一週間から10日で、自分の番かと。
罹る事での自分自身より、
それで彼女に負担をかけたり他人に拡げたらどうしようか・・・。
うつるのは熱と発疹が出てからと知ってからは、仕事場に赴いても大丈夫だと安心したが、正常かどうかを疑いながら生活するのがこんなに疲れるのかと思いつつ、
同時に新鮮な経験だった。

結局、ここまでこじらせるのは珍しいながら、麻疹だと分かったのは木曜日だった。
それが分かってホッとしたのか、午後から出社予定にしていたものの、
ドッと疲れが出て、見舞いに来てくれた彼女のお母さんにバトンを渡して、
帰ってとうとう寝続けた。

週末には、彼女の熱が37度台になり、あれだけひどかった発疹も確実に消えて行き、
内心心配していたが、跡が残る事もなさそうだという感じになってくると、
彼女は「早く出せ!」とか軽口を復活させた。
入院の時にはパンパンに晴れ上がっていた顔は、やや赤みが残る以外、
すっかり元通りに戻っていつもの人懐っこい笑顔が浮かんでいた。
さすがにもう大丈夫だと思った。

式の日の天候を「暗示」と言った友達がいたが、ホントに早速そんな感じだった。
ここに来て彼女がお金の事を言い出したので、事情を説明したが、
「ある意味、新婚旅行したみたいなもんだよ」と言って笑った。
入院中、彼女がむしろボクを心配してくれたのが痛かった。
ボクは感謝しても詫びるなと言った。
当たり前だが、仕事より大切なことがあることを実感できたのも貴重だった。
離れた夜の暗さを知った。
見舞いを大変だなどと言われもしたが、行けない方がよっぽど辛かっただろうし、
実際、ちょっとの間でも、同じ部屋にいれば落ち着いたから、
結局やりたい様にやっていただけだ。
そんな点では、新婚旅行より得難い経験だとも言える。
もちろん、終わりよければであってのことだが。

彼女は月曜日に退院となり、ボクは午後、休みを貰って迎えに行った。
僕らは、8日間の新婚旅行を終え、電車に乗って帰途についた。
ニックネーム パラマリボ at 17:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月10日

大騒ぎ。ある種の新婚旅行?(前編)

発疹が出た翌日の木曜日、
彼女は38.5度の熱が出て、さすがに疲れどころじゃないだろうということになる。
ボクも会社を休んでかかりつけの近所の内科に連れて行くと、
麻疹を疑われたが、彼女自身、はしかに罹った経験があると言ったのもあり、
さすがに流行ってはいるとは言え、滅多にない事には違いなく、
また、麻疹であっても血液検査の結果は1週間程度掛かるそうで、
寝ていればいい病気っていうのもあって、安静に、ということで、帰って寝させた。
熱は断続的に出て、その時は辛そうだが、熱が引けば結構普通だった。
ただ、顔の発疹は、首筋へと移り出していた。

午後には収まっていた熱が、夜になると39度を超え出す。
ハンドタオルを凍らせて、顔に被せ、温まったら取り替えという事を繰り返した。
顔は発疹が滲んで全体が赤く腫れつつあったが、発疹自体は峠を越えたのかな、
と、まだどこか悠長な二人だった。

金曜日、熱は38度台の後半だったが、彼女は39度未満だと、
起きられないほどは辛くないらしく、どうしても仕事が休めないというので、
タクシーを探して途中で降りるボクも一緒に乗って行った。
ただ、彼女の出で立ちは、冷えピタシートをおでこに貼ったまま、
赤ら顔にマスクと、どう考えても普通には程遠い有様で、
健康を自負していた自分でもさすがに堪えつつあったのか、
最低限の片付けものだけをして、早退して帰って来た。

互いに大事ない事を信じたくもあったので、峠を越えたと言い合い続けていたが、
この晩あたりから、さらに険しくなるのを思い知らされる。

夜にはやはり39度を越えて、10枚近くをローテーションさせたはずの
ハンドタオルを冷やすのが間に合わなくなって来た。
夜中も関係なく、何度となくタオルの替えを繰り返し、
買い込んでいたヴォルヴィックは、どんどん空になって行く。
熱が出るなら出した方がいいと着込んでいたが、それで余計に熱が上がる様で、
寝室は彼女自身の熱とタオルが温まって上る湿気とで、
何とも薄気味悪い暗がりになっていた。

土曜日。
木曜日に行った医者から血液検査の結果が分かるから来いと言われていた。
その段階でも原因は不明だったが、麻疹かどうかではなく、
肝機能が悪いのが気になると言われた。
レントゲンを撮られたが、この点では異常はないようだったが、
麻疹をこじらすと肝機能障害や肺炎を起こし、
そちらの方が怖いと、看病の傍らコッソリ調べて知っていたので、
ボクの抱いた薄気味悪さは強くなった。
医者にはこの日の血液検査の結果が月曜日に分かるから、その段階でもし、
肝機能が悪化しているようであれば入院を検討したい、と言われた。
同時に、週末中、悪化した場合に備えてと、緊急入院に備えた紹介状を渡された。

この日は、マリンスタジアムに行く予定だった。
彼女的には、それでも朝になれば熱が下がると思っていた様で、
前日などは、仮に自分が行けなくても、ボクには行く様にと言い、
というより自分も行くつもりバリバリな感じだったのだが、
さすがに熱が引かないのにはショックだったらしく、大人しくなってしまった。
ただ、午前中はまだ余裕がある様で、顔全体をタオルで覆いつつ、
自分が『幕張ファイヤー』だと、自爆ネタ的におチャラケたポーズを取るなどしていたが、
後で思えば、心配させたくないと言う気遣いだったのかも知れない。
ボクは、友達を誘っていたのもあって、ドロップはむしろ彼女を傷つけるのでは、
と行くべきかどうか迷ったが、どう見ても赤黒く腫れ出した彼女の顔を見て、
迷っている場合じゃないと悟った。

前日までは午後になると一度熱が引いていたが、この日は熱が下がらなくなり、
顔の晴れは一層ひどくなって目を開けているのも難しそうで、
彼女から表情と軽口がなくなった。

弱音を吐かない彼女が「今夜がヤマダ」とお笑いのフレーズを言うのを訊いて、
ネタになってない、と寒くなった。
この日の夜もバトルだった。
ものを呑む時いちいち首を縦に振るので、ふざけているのかと思ったが、
喉が痛くて通らないという事だった。
また、咳は前からひどかったが、それが湿った音を上げる様になり、
呼吸自体にもヒーヒーと嫌な音が混ざる様になっていた。

夜中でも絶対に起こす様に言っていた。
さすがに数日の看病で、ボク自身、草臥れつつあったが、
彼女の奮闘を前に言ってる場合かと自分をたしなめ、
彼女に突かれる度に寝室と台所を行き来した。

日曜日。
熱は40度を超えていた。
彼女は耳が痛いと言い出した。
顔の赤黒さは一層進み、見ると耳の下が腫れているのが分かった。
調べていた中に、合併症として中耳炎も起こすとあったので、
症状が確実に進んでいる事を確信して、ボクは大病院に連れて行こうと思った。
念のため、病院嫌いの彼女に尋ねたが、さすがに異存はないようだった。
病院は、彼女自身一度掛かった事がある、電車で一駅の大学病院にした。
どう考えても入院だろうと思ったので、当面の着替えなどをバッグにねじ込んで、
病院に電話をした後タクシーを呼び、緊急外来に行った。

診察には2時間ぐらい掛かった。
見立てはやはり麻疹疑いだが、それより、レントゲンを撮ると、
昨日なかった水が肺にあって肺炎を起こしている事が分かり、
即入院が必要ということだった。
正直、それを訊いてホーっとした。
原因も分からず、安静にとだけ言われて薬もなく、日々悪くなって行く彼女を見て、
もし、このまま帰されたらどうしようかと思っていたのだった。

同時にここまで入院させなかった事を悔いて医者に訊いた。
今日入院させたのはベストで一日待つと危なかったと言われたが、
同時に昨日の段階では、やはり自宅安静になっただろうとのことだった。
自分の判断は悪くなかったのが分かったが、それでも当然、悔いは消えなかった。

個室に入れられた。
ウィルス性疾患には違いないと言う事で、実質的に隔離されたようだった。
ボクは手続きをしてから病室に行くと、まず、大げさなマスクをさせられた。
彼女は点滴を打たれ、鼻には酸素吸入のクダを入れられていて、見事なまでの重病人。
ボクは迂闊にも目頭が熱くなったがごまかした。
休日当番の医者が来て、当座の治療方針を説明されたが、
ご時世もあってかリスクばかりを朗々と言われてイライラした。
ボクは当たり前に泊まるつもりだったが、
ウィルス性疾患であり、面会時間も少なくすべきで、帰る様にと言われた。
ボクは一度家に帰り、夕方に足りなかった入院アイテムを持ち戻った。
治療の間眠れずにむしろ状態を悪くさせていた様に見えた彼女は
少し落ち着いた様子だった。

面会時間終了の8時が過ぎて、心配しないでゆっくり休む様に言い残し、
暗く人影もない休日夜の病院を後に外に出た。
昼前に病院に来てから、もの凄く長い時間が経った気がした。
みっともないが、帰途につく道、彼女の有様を思い返すと泣けた。
気づけば27日。
式と披露宴のあった19日の土曜日から、既に8日が過ぎていた。

翌月曜日には当然の様に仕事を休んだ。
朝、かかりつけの医者から電話があった。
状況を説明すると、土曜日の採血の結果が悪化しているということで、
つくづく日曜日に入れて良かったのが分かった。

11時の面会時間に合わせて病室に行った。
昨晩は41度まで熱が上がったそうで、発疹は身体に広がっていた。
病院に入れたのに悪くなっているという事が不安だった。
ニックネーム パラマリボ at 16:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月10日

エピローグ〜大騒ぎのプロローグ

披露宴の後、タクシーで銀座に行き、
遠方からの来賓と自分達のために予約しておいたホテルの近くの居酒屋で、
数人の来賓(友人)とちょっと呑んだ。

翌朝はピーカンで、暑いぐらいだった。
僕らは、荷物を抱えて銀座から有楽町まで歩き、そこから電車で帰宅した。
確か午後は店屋物を頼んだが、
それ以外、特にボクはリビングの一人掛けのリクライニングソファに
張り付いた様になってほとんど動けなかった。
なんでだか、全身筋肉痛だった・・・ビアサーバーじゃないだろう、
『身を引き締める』のが強くて全身強ばり続けていたからかも知れない。

月曜日は、終日休みを取っていたボクは、午後から仕事に行く彼女を見送って、
一日ダラダラしていると、さすがにだいぶ復活した気がした。

火曜日の朝、彼女の顔の肌荒れがひどくて驚いた。
疲れが出たんだろうと言い合った。
水曜日の朝、彼女の顔の肌荒れは、発疹に変わった。
確かに肌が弱めで、身体のあちこちにこうした症状が出るのは知っていたが、
いくら疲れていてもと、医者嫌いの彼女たしなめ、必ず観てもらう様に行って、
いつも通り一緒に通勤電車に乗り、いつもの駅で別れた。

仕事中、ケータイにメールが来た。
医者(=皮膚科)では、疲れだろうと簡単な薬を貰ったらしく、
お互い、慣れない事で疲れちゃったんだねぇ、などと言い合った。

けれど、事はそれでは収まらなかった。
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2007年06月03日

球?宴出場を果たして(後編)

ボクが羽織ったのは、マリーンズのユニフォーム。
ちなみにギザギザのデザインの誠バージョン。
一度入場してから着るって事にしてたやつだ。
てか、応援の時とかは前は開けっ放しなんだけれど、
なぜかキャプテンは前のボタンを全部とめてくれたりした。

司会の人。
「昨年、新婦が新郎に連れられて行った5試合中、4試合がサヨナラ勝ち。
 彼女は、勝利の女神なのかもしれません。
 今日は皆様に新郎新婦から勝利の美酒のプレゼントを・・・」云々。

ボクはビールのタンクを担ぐ。
ずっしり来るそれに、力の入れ具合が分からず、危うく
ラストシュートの時のガンダムの様に(?)膝からくずおれそうになりつつ。

BGMは、ようやく再入場の時のCristal Kayから、『WE LOVE MARINES』に変わる。
ボクが番組を作っていた時には、画面が変わる前にBGMを先行させる、
っていう演出方法をよく使った。
こっちの方がパンチがあって、テンポが出るし。
だからさっきはBGMの出にこだわったのだが、まぁ、仕方ないか。
っていうか、相変わらず、追いつめられてても、妙なところに力が入るもんだ。

キャンドルサービスの代わりに、テーブルを回り、
時間の都合もあって、くじに当たった人にボクがビールを注いで、
彼女がその他の人も含め、おつまみを渡した。
くじのストローを入れるのに使ったのは、
この前行ったマリンスタジアムから持って来た、
マリーンズロゴの入った生ビールの紙コップ、
おつまみは彼女がどっかで買ってきたナッツの小袋と、
マリンスタジアムで売っていたメイプルクッキーだった。
彼女が、ドレスのために自由が利かなかったのもあったそうだが、
おつまみを、近くにいる人にテーブルを回す様にとまとめて渡していたのが笑えた。

しかし、このビアサーバー、上手く注げず、泡だけになっちゃって、多いに肴にされた。
ドレスとの格闘の仕方とビアサーバーの注ぎ方はリハーサルにはなかった。

球宴って書いたのはそーんな他愛のない事があったからだ。
ちなみに、会場にはそこかしこに旗やサインボールなど、
マリーンズグッズを配していて、多かれ少なかれ、
このユニフォーム姿みたいな展開は予想できる人もいたらしい。

実はウェルカムボードにも、マリーンズ選手のベースボールカードを貼っていて、
中には僕ら二人がマリンスタジアムで撮ってもらったスナップを、
ベースボールカード風にボクが作ったのも混ぜていたのだけれど、
やっぱりこの地味なこだわりは、ほとんどの人にスルーされたことだろう。

冷笑を覚悟したが、来賓の懐の深さに救われ、
仮想大賞の『合格はさておき頑張った子供』に与えられる様な笑いに包まれて、
まぁ、やってよかったと思った。

ところで、会場選びの時、マーくんとかチアリーダーを呼んじゃおうか、
という話にもなったが、セットで30万とのこと、逡巡して止めたが、
ここまでやるなら、やっぱりやっちゃった方が良かったかも知れない。

友人の言葉をもらう。
ボクの友達は、もう20年近い付き合いになるバイト時代の後輩で、
元総理の顧問弁護士の秘書を努める実直なヤツだ。
独特な節回しがあって、彼を知らない友達に受けていたが、
いい意味で期待を裏切り、とてもいいスピーチをしてくれた。

彼女の友達は、スピーチの後、4人で唄ってくれた。
ケータイのメモを見つつというのが新鮮だったが、
何より、友達も彼女も泣き出してしまい、ボクはその友達(女性)に、
「大事な友達を取られちゃう気がする」と言われたり、
とにかく、本当にいい友達なんだなぁ、と思った。

事前にメイクさんに彼女が泣いてしまった時のハンカチの使い方を教わっていたが、
うまくできなくて、そのまんま渡した。
いずれにせよ、この日、彼女の感情が初めて素で出た、いい瞬間だった。

ケーキバイキング。
テラスの庇の下にケーキが並ぶ。
僕たちはキャプテンに導かれてその横に立っていたが、
どうやらシャッターチャンスだったらしいものの、
張りボテに慣れつつあったボクが気づいたのは、ほぼ人がはけた後だった。
ちなみに、この時、さっきまでの荒天はすっかり収まっていた。

ケーキは、菓子職人風のスタッフの手で来賓に取り分けられていた。
ウェディングケーキと、あとはプチケーキが一杯あってキレイで、
普段あまりケーキを口にしないボクもちょっと食べたかったけど、
当たり前に実現しなかった。
ただ、ファーストバイトの時のウェディングケーキは凄く美味かった。
あんなもん、形だけだと思っていたが、ケーキ職人さん、すみませんでした。

席に戻って、テーブルにあった魚と肉の皿を
それぞれ箸で素早くつまんだら美味しかった。
彼女は相変わらず食べようとしないので残っているのがもったいなくて、
お腹空いてたし、手を出そうとしたけれど、やっぱり実現は見送った。

ほどなく、二人はテーブルの前に立たされ、
キャプテンから手渡された手紙が彼女の手の中にあった。
彼女は涙に詰まりながらも両親への手紙を読み切る。
この手紙は、前日彼女が一人で書いていた。
何となくボクは近くにいちゃいけない気がして、
彼女を一人リビングに残して、寝室でガンダム本かなんか読んで待っていたものだ。
その時、リビングには、彼女のリクエストで、ボクのマックのiTunesから、
オフコースが掛かっていた。

朗読の途中、途中で初めて気づいたが、対面、会場の末席の後ろには、
互いの両親が並んで立っていた。
手紙の後、僕たちは赤い花束を渡され、
それを持って、テーブルの間を縫って両親の前に進み、
互いの両親にその花束を手渡した。
渡す時、父母どちらにしたものか、何を言ったらいいものか、
一瞬考えたが、父を見つつ母に、「ありがとう」か何か言って渡したと思う。

そのまま僕たちは両親の列の真ん中に収まり、
ボクの父の列席者への挨拶が済んで、ボクの番になった。
周りはどう思ったかさて置き、びっくりするほど淀みなく言えた
・・・Mission Completed。

両親も含め僕らはテラスに出た。
テラスでは、今日を切り盛りしてくれた若い会場係の面々が、
「おめでとうございます!」と若い声と拍手で迎えてくれたのが清々しかった。
キャプテン以下を従え、僕らの前に立ったプロデューサーが、
改めて祝いと締めの言葉をくれたのには、なにやら気が引き締まって鳥肌が立った。
このプロデューサーはボクより10歳程度上、25年もブライダルを仕切っているという、
ジェントルを絵に描いた様な人で、準備中、本当にお世話になった。
この人の改まった顔を見て、これで終わりなんだ、
という達成感と寂寥感の合いまった感覚が、鳥肌になったのかも知れない。

その後、ダイニングのテラス側のガラス戸を出て来る来賓を送った。
一連、こうした時にそうだった様に、ボクは最後まで、
お祝いを言ってくれたりする来賓に、とにかく頭を下げて、
精一杯笑顔を浮かべつつ、誰の顔も見ていなかった気がする。
いや、感謝してないってわけじゃなくて。

会場を飾ってくれた黄色い花は、せっかくだし、花束にして渡せる様にしていた。
数を数えると女性の来賓と合うはずだったが、
途中から挨拶と笑顔と粗品の手渡しなどで、ワケが分からなくなってしまい、
男性に渡したりして、最後は足りなくなって何となくごまかした。
逆に誰かに渡しそびれたのかも知れないが、
粗品に用意していたハート形の入浴剤が残ってしまったので、
プロデューサーに渡したら、「私は風呂好きなんです」と、
最初から最後まで、訊いてもいないのにサービス精神旺盛なコメントと笑顔と共に
受け取ってもらえたのが、何とも嬉しかった。

あらかた来賓が退出した後、彼女の友達が貧血で残っていると知らされた。
僕らはそのテーブルに行ったが、周りに友人がついていて、
ほどなく彼女を抱えて出て行った。

気づくと、余韻に浸る間もなく、早速スタッフが片付けをしていた。
仕方ないのだが、ちょっとだけでも、人気のなくなった宴の後の中にいたかった。

ほどなく呼び止められて、お色直しの記念撮影になった。
式の前と同じくいろんなポーズを取らされたが、
この時はガッツポーズでもなんでもいいや、と応じる事ができた。

すっかり日が暮れて、灯りの落ちた邸宅外の道をプロデューサーと一緒に歩き、
階段を上ってメインの建物に入って、メイク室に戻った。
我が家に戻った様にホッとしたのを覚えている。
ここに最初に入ったのが、確か1時、そしてこの時が7時過ぎ。
早回しのカレイドスコープかメリーゴーランドみたいな一日だった。
互いに衣装を脱ぎ、着て来た普段着に着替え、
手際良くまとめられていたウェルカムボードとかを仕分けて、
配送の手配を頼んで、この我が家を後にした。
そう言えば、理由は知らぬが、今日の写真のアルバムを、
サンプルとして使いたいというカメラさんの申し出があって、
異存はないので首を縦に振った。
ボクみたいな不似合いなヤツでも、それなりに何とかなるって、
後に来る無粋な男の助けになればいいな、そんな風に思った自分が愉快だった。

預けても尚重い荷物もあって、タクシーをお願いした。
待つ間、これまで何度も通った時に何度も座ったロビーのソファに腰掛けて
全て終わったんだと思った。
いや、これから始まるんだな、そんなベタな決心も同時に新たにした。

タクシーが来たと呼ばれて、門の外に出た。
夜空の中程にやや右がかった下弦の月が出ていた。
今日の天気、一連を思い返して見上げつつ、彼女にも指差してみせると、
「薄っ(い月)!」と風情を解さぬ一言に、膝かっくんな気分だった。
けれど、彼女もいつも通りに戻ったんだな、と思った。

花嫁姿には痺れたけど、やっぱりいつも通りが一番だ、
ボクは、月から目を離さないまま、そう思った。
ニックネーム パラマリボ at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月03日

球?宴出場を果たして(中編)

披露宴の事は、よく覚えていない。
というか、緊張の式が終わって、多少弛緩したのか。
または、あとの気がかりだった、端と締めの挨拶をキッチリできるか、
という事に意識が行っていたからかも知れない。
いずれにせよ、ほんとに一瞬、何かの上を滑っている様な不思議な感覚だった。



披露宴会場にしたブルードア邸は、着席のキャパが最大で70人ぐらいだそうだ。
前方後円墳みたいな形で、円というか八角形のダイニングに、
四角いリビングがくっついていて、
リビングの片側に出入り口である青い扉(=ブルードア)があり、
その対面、反対側からテラスに出られる様になっている。
テラスは、脇からダイニングの半分に沿う形になっていて
出入り口付近は、タイル張りの床で大きな庇があり、他は芝生が敷き詰められている。
ダイニングは全面ガラス張りで、錐状の天井からはレースの布が四方へと広がっている。

僕らは来賓を誘って、この邸宅まで歩いて来て、
入り口で向き直り、ブルードアの前で来賓を招き入れた。
最後まで待っていると、前週、帝王切開をしたばかりなのに、
式だけでもと来てくれた彼女の友人とほんのちょっと話した後、スナップに収まり、
彼女の親戚にも捕まってやはり記念撮影となった。
宅内の来賓は、用意していたウェルカムドリンクを手に、
リビングからテラスのあたりにいて、僕らはその間を縫って、
テラスのとっ先、ダイニングの上座の外側あたりにある
数段小高いところに置かれたウェディングケーキの前に並んだ。

芝生の上に集まった来賓を前に、
用意していた挨拶を、最初の部分を思いっきりすっ飛ばしつつあっさり終え、
挨拶は僕だけだろうと鷹をくくっていた
(正確にはボクがそうミスリードしていたのだが)彼女もマイクを向けられて、
戸惑いつつも一言発した後、彼女の上司のスピーチをQにして乾杯をした。
手が震え加減だったから、ぶつけてシャンパングラスを割りはしないかと、
自分の手を操作の覚束ないマニピュレーターみたいにおどおど動かしつつ、
彼女とグラスを交わした。

ケーキ入刀。
僕らは、彼女がラフを起こしたマーくん(マリーンズのキャラ)
が描かれた(!)ケーキにナイフを入れた。
後で散々からかわれたが、この時もやっぱりちょっと手が震えていた。
ファーストバイト。
ケーキの食べさせっこで、準備段階で何となくOKしてしまっていたが、
これは結構恥ずかしかった。
彼女には食べやすく小さく切って差し出したが、
司会の人の振りもあって、僕は何かやらなきゃなんだろうと気づき、
彼女がしっかり大きく切り取ったのを、思いっきり大口を開けて頬張って、
ちょっと口の周りに付いちゃったが、すかさずキャプテン(進行のリーダー)が、
フキンを出してくれて、お約束を完遂した。

テラス入り口に戻って来賓を宅内へと迎え入れつつ、
それぞれのユニットと記念撮影になった。
「新郎、笑顔で〜っ!」と、さっきの記念撮影の時と同じく、
盛んにカメラさんに言われたが、
政治家でもタレントでもないし、どう笑えばいいのか分からなくて、
自分でもはっきり分かるぐらいこわばった笑顔になってしまった。

友人や家族とグダグダやっていると、気づけば来賓の大部分は着席してしまっていた。
本当なら、新郎新婦がそれぞれのテーブルに誘う、って手はずだったのだが、
案内はそこそこに、僕らは素知らぬ振りして、上座にある席に着いた。
ちなみに席次表は個々には配らず、そのかわりにコルクボードに作って掲げておいた。
選んだ花と会場の色に合わせて黄色と青紫の紙をテーブルに見立て、
その上に名前を書いた白い紙を貼り、やはり黄色と青紫の花飾りをつけたピンで留めた。
花飾りは僕が東急ハンズで買って、内職よろしく一つずつピンに巻き付けたものだった。
10卓分を作るのに2時間も掛けた、
力入り過ぎ&地味な工作で分かられずじまいな力作だった。

席に着く前にBGMが耳に入った。
準備段階で僕が好きな曲とかを中心に選んで、
プロデューサーには普通と違うと面白がられたものだったが、
やっぱりイメージ通りで、「ほら見ろ」と安心したが、
多分、来賓にはあまり聞こえていないだろうと思った。

花が綺麗なのが目に入った。
黄色と青で揃えていたが、こちらもイメージ通り、というか、
さすがにそれなりするだけある、見知ったカラーなども、
普段はお目にかからない立派なものだった。

司会の振りで食事が始まるとすぐに僕の上司のスピーチになった。
何を言われるのかヒヤヒヤしたが、さすがに場数を踏んでいるのだろう、
小ネタも入れつつスッキリとまとめてくれて、有り難いと思った。

前菜のカルパッチョだったかをちょっとつまんでみたら美味しかったから
彼女に勧めてみたが、彼女は、僕より硬くてそれどころじゃないみたいだった。
というか、ドレスの下のビシっと締められたファンデーション
(コルセットみたいなの)に、実力で飲食を阻止されていたのが実際だったようだが。

二人のなれそめを語る司会の声が耳に入った。
僕が手紙でプロポーズしたっていう下りで、
彼女の友達の女性達から「フワぁ」っていう様な歓声が上がった。
またこの前後、目の合った友人に居直った様な得意顔を振り向けてみたりしていると、
何だか緊張がほぐれるのが分かった。

プロデューサーの人から勧められていたので、
デジカメで上座目線から会場を狙ってみたが、
彼女の同僚の、何ともハトが豆鉄砲喰らったみたいな表情が、
どうしてもファインダーの中央を占領してしまい、おかしくて撮るのをすぐ止めた。

締めの挨拶の大敵と思っていたビールを注ぎにくる攻撃は
思っていたほどじゃなく、体調的にも呑んでも酔わない確信ができたが、
調子に乗るとロクな事がないと自重しぃしぃにした。

司会の人がお色直しを告げ、彼女がエスコートにお母さんを指名した。
「もう?」と思った気がする。
彼女がいなくなってほどなくすると、
雷鳴と共にバラバラとガラスに当たる音に気づき外を見ると、
いつの間にか黒い雲が低くたれ込めて、ひょうが降っていて驚いた。
ビールを注ぎに来た友達が口々に
「これも演出か?!」「夫婦生活を暗示している様だな」などと言って笑った。

僕が中座する番になる。
エスコートは流れ的に母にしたが、
自分で指名するのは勘弁して欲しいと言ってあったので、司会の人に促され、母が来た。
母は僕の手を取って、思いっきり、おててつないで的に前後に振って見せた。
母のそんなに楽しそうな顔はあまり記憶になかったから、
カッコ悪いけどいっか、と任せる事にした。

末席の先にある小部屋には彼女が鏡の前に座って既に着替えを終え、
メイクを直されていた。
ややローズがかった白いウェディングドレスから、
薄紫色の、クレープ地が斜めに波打つドレープのあるドレスになったが、
やっぱりこっちもいいな、と思った。
彼女は当初、お色直しはいい、なんて言っていたが、どうせこんな式とかやるなら、
やれることはみんなやっておいた方がいいってもんだ。

僕は直後、隣のトイレに行って小部屋に戻ると、
やんぬるかな、タキシードの腰の辺りに水を跳ねかけてしまったのに気づいて慌てた。
おそるおそるメイクさんに言うと、「ドライヤーかけましょうかね」と言われて、
なるほどと安心したが、結局ほどなく水染みは消えて、杞憂に終わった。

ただ、ボクが式の前に『これは新婦を守る剣を意味します』と持ち方と共に説明され
渡されていたグローブをテーブルに置いて来てしまった事を告げると、
「ちゃんと持って来て下さいねっ!」とたしなめられ、
幼い頃、団地で友達の母親に叱られた時みたいな気分になった。

ちなみに僕がお色直しで何を変えたかと
「間違い探し」に躍起だった友達もいたようだが、
僕が自分の有様をサバと呼んだ銀のタキシードはそのまま、
ポケットチーフを、彼女のドレスに合わせて白から薄紫に変えただけ、
あ、あとは黄色いガーベラを中心にしたカラードレス用のブーケに合わせて、
彼女の髪にも同じ花が付けられたのだが、
ついでの様に僕の胸にもそんな花が差された、その2つだけだった。

小部屋を出ると、僕の友達がちょうどトイレから出るのと鉢合わせになった。
ヤツは「やばっ!」を見事に体現した様な表情を見せたが、
スタッフに促されて先に会場に戻って行った。

お色直しをして入場。
その前、メイク室ではメイクさんと確認に追われた。
「これ着て出るんですよね?」メイクさん。
「いや、それは入場してからのはずです」とボク。

という訳で素知らぬ顔をして席に戻って挨拶。
この後、その時と思ったボクは、ボクはプロデューサーを目で追って、
「音楽は?!」と訊いたが、「後です」と言われ、
タキシードの上着を脱いで、キャプテンが持って来たそれを
彼女を通じて着せられるに任せると、会場が湧いた。
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2007年05月26日

球?宴出場を果たして(前編)


大扉が開いてまず目に入ったのは、白く広々とした空間の中、
列席者が左右から振り返ってこちらを見る姿だった。

ボクは手と足が揃わない様に確かめてから歩き出し、数歩のところで、
立ち止まり、ゆっくりと深くお辞儀をした。
事前に言われた通りだったが、何となく、本当に自然にお辞儀をしたい気分だった。

次に目線を上げて、ガラス張りの式場の外に拡がる空と海を見たが、
何かを思う間もなく、ボクの知人が、笑いながら顔を背ける様にしたのが目に入って、
(そりゃそうだろう、『どのツラ下げて?!』ってシーンなんだし)
つられて笑いそうになりつつ、一人馬車御者になって、
速まりそうな歩にブレーキを掛けたものの、
もしかしたら、パントマイムの演じるスローモーションみたいになってたかも知れない。

列の最前まで来ると、やはり言われた通りに、やや右にずれて立った。
司会の声をきっかけに彼女と彼女のお父さんの入場。
ボクはそちらに向き直った。

大扉の上にいるフルート奏者が目に入り、初めて音色が聞こえてきた気がしたが、
何の曲かを記憶するまでには至らなかった。
その下を進む二人は、ボクと違っておずおずと、いい感じで歩を進めてくる。
ボクは一度外していた中央に戻り、その二人を迎えて、お父さんに会釈したが、
お父さんの目は、どこか嘆願する様な、疑う様な、印象的な表情を浮かべていた。

ボクは右手を差し出して彼女の右手を取り、正面に向き直りながら、
左の脇にその手を通し、メイク室で教わったのを思い出して、
右手に彼女のブーケを預かって、二人で壇上に向かう。

後で訊くと彼女が一番感極まったのが、この入場の時だったそうだが、
多分ボクはこの時の彼女の表情をよく見ていないのに気付いた。

三段の階段を上がる時に彼女の腕が急に重くなる。
見やれば、彼女はウェディングドレスの裾と格闘していた。
確か、「持ったら?」とか言ったと思うが、
彼女は裾を持ち上げて、『新郎新婦転倒の惨劇』には至らず、無事に歩行再開となった。

壇上正面に立ち、会釈の後、ヒザが震えそうなのに気づき、
堂々としなきゃとか思って、しばし周りを見渡してみるが、
誰とも目を合わせない様にした。
式場選びで来て最初に見た時には、ガラス張りの壁とその外が印象的だと思ったが、
本番では下を向く事が多かったせいなのか、
むしろ磨き上げられ外の光を映す、床の白さが記憶に残った。

人前式だ。
二人で相談して作った誓いの言葉を読み上げた。
一ヶ所ボクがつっかえた他は意外にちゃんと読めてホッとしたが、
誓いを込めるほど余裕はなかった。(誓ってないって事じゃなく(笑))

指輪の交換は、予想していた緊張の瞬間だった。
(落っことしたら大変だ)
小刻みに震える人差し指と親指で何とか指輪を挟みながら、
手のひらを防護ネットっぽく下にしたら、
何か鎌倉とかの大仏さんみたいな手の形になってしまった。

二人して列席者に向かって指輪をした手を掲げたが、
何かメダルを取ったペア競技の人みたいだと思った。

この後のベールアップも、リハの時にどうもコツが掴めずに空振りしていたパートだ。
本番では何とか一発で上げられたものの、一瞬、間があり、
ウェディングキスをすべきタイミングだったか思い出せずにこわばったが、
ほどなく司会の人のQ振りがあって、何とかおでこに無事に済んだ。

壇上下手にある書台に行き、結婚証明書に署名をした。
場所、日時、自分の名前と書く欄があって、
あらかじめ字の綺麗な彼女に場所と日時を頼んでいたが、
いざ書く段になって、「これは流れ的にはボクが書かなきゃ、かな?」と思いつつ、
どうせ手先が震えて上手く書けないだろうとスルーを決め込み名前だけにしたら、
彼女も何喰わぬ顔で名前だけ書き、場所と日時はブランクのままで終わった。
(後で「ホントにスルーするし!」と突っ込まれた)

代表署名をお願いしていた互いの元上司もつつがなく役割をこなしてくれ、
二人して正面に戻って、書いたばかりの証明書を掲げて、承認の拍手を頂いた。
しかし、「何かでポーズを取るってのは、自然じゃないよなぁ」
と、時折思っていた妙な事を、体験に再確認している自分がおかしかった。

壇を降り、互いの両親にそれぞれ一礼をした。
自分の父親が真面目な目をしていたのが、なぜか意外に思えた。

退場となる。
ボクは昔からゆっくり歩くのが苦手だ。
この時も、白鳥と水かきよろしく、おずおずとした佇まいを何とかキープしつつ、
ドレスの裾と格闘して足取りが覚束ない彼女を引っ張って、
聞き分けのない大型犬みたいになっている自分に気づき、
なぜか周りの皆がそれを嗤っている気がして冷や汗を感じつつ、足取りを緩めた。
(後で聞けば、彼女はドレスの裾を蹴りながら歩くといいことに気づいたそうだ)

横から、いつもは淡々としている様に見える上役から
「おめでとう!」と声を掛けられたのが嬉しかった。
多分、この時まで、人前でありながら、列席者がどこか色褪せた書き割りみたいな、
そんな感覚があったから、急にリアルな『温度』を感じたのも良かったのだろう。

大扉の前で二人して向き直ってお辞儀をして、
再び大扉へと向かい外へ出て、ちょっとある段差を飛ぶ様に降りるとホッとした。
当然、背後の大扉は閉まっていたはずだが、
もしこれが開きっぱなしでも、ボクは気づかず脱力の様を晒した事だろう。
気づけば互いの手は汗ばんでいた。

無事に式は終わった・・・この時も、空は晴れていた。


外から脇の小部屋に戻って列席者の退出を待ち、式場内の出口から出て、
さっき出たばかりの大扉の内側に二人で並ぶ。
小部屋にいた時、何か話した様にも思うが、全く覚えていない。

大扉が開くと、眼下に続く大階段の左右に列席者が並んでいた。
式場の上の塔にある鐘が、自分達のために鳴り出すのが聞こえた。
このシーンは、打ち合わせに通う時に何度か出くわし、表から見上げて、
遥か先に思えたものだったが、
今は自分達の番で、外から他のカップルがこれを見ているのかと思うと、
エッシャーの絵の中にいる様な、デジャヴュの様な、そんな感じがした。

列席者の間、階段を下りながらフラワーシャワーを浴びた。
花びらが思いの外、重くて、ボトっボトっと頭に当たるのがちょっと痛かった。
恥ずかしさにうつむき加減だったから分からないが、
誰かが上手投げでぶつけて来たのかも知れない(笑)

下まで降りると、階段をひな壇にしての、列席者との記念撮影があり、
その後は、ブーケトスだった。
僕ら二人が階段を数段上がり、
彼女が後ろ向きに段の下にいる(未婚)女性の列席者に投げたが、
ブーケは、計った(謀った?)様に、他の参加者が競う間もなく、
そろそろ結婚しなきゃと言っていた彼女の友達の手元にめでたく収まった。
あっけに取られた気がしたが、当の本人が無邪気に嬉しそうだったから良かった。

この前後、確か、披露宴会場である『邸宅』へ向かう途中だったと思うが、
ボクの前職時代の友達が盛んに、
「ウッディ大尉やん!ホンマもん初めて見たわ!」と笑っていた。
(分かる人だけ分かって頂ければ・・・笑)

『書き割り』がすっかりいつもの色と温度を取り戻しているのが嬉しかった。
ニックネーム パラマリボ at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年05月21日

プロローグ

土曜日は、無事に式と披露宴を終えた。
予想はしていたがほ〜んとに一瞬だった。

朝、都内の我が家を出る前には土砂降りの雨になり、
「あぁ〜あ」と言っていたが、現地、新浦安に着く頃には薄曇りとなり、
式の前には晴れ間がのぞいて、その後、雷雨でひょうが降ったりして驚いたが、
外でのイベントの際には、天気も何とかウィットを効かせてくれた様だった。
ピーカンの青空でなく、そんな不思議な天気であった事も、
結果、いい演出だったと思う。

会場は、元日に籍を入れ、一週間後に式場を選び始めて3軒目で決めてしまった。
雰囲気が抜群だったからだが、しばらくして、自分がその場に立つ事に気づいて、
大いに慌てて笑われたりした・・・いや、似合わないだろうって。

新浦安アートグレイス・ウェディングコースト ブルードア邸

けれど、ま、彼女には合っていると思ったし、
やると決めたからには、僕も徹底的にベタに徹してやろうと思って(笑)

その後の準備期間も、あっという間に過ぎて行った。
途中、お約束の喧嘩もあったりしたが、常に彼女のおおらかさには救われた気がする。
大体、僕が細かい事を勢い込んで引き受けつつ、途中で自爆して、
やれやれ、と彼女のフォローをあおぐ、ってのが我が家のパターンだ(笑)

前日に呑みに行った二人もどうかと思うが、そんなお陰か、よく寝て、当日の朝を迎えた。
朝ご飯は、ししゃもと味噌汁だった。
全くと言っていいほど緊張しない上がり症の自分に驚いて、
むしろその事に多少慌てつつ会場へ向かったが、
晴の日にも肩肘張らず普段通りにしてくれた彼女のお陰だったとも思う。

行きがけ、彼女の胸元には、
僕がクリスマスにあげたペンダントが下がっているのに気づいた。
冬のモチーフだから春先以降つけていなかったものだ。
一方で、昨日まで毎日していた婚約指輪はつけていなかった。
この人は何も考えていないのかと思えることもあるが、
こういうところは凄いというか、有り体に言えば、とても素敵だと思う。
指輪の事を尋ねると、
「外してなくしちゃったら大変でしょ?」と笑った。

会場につく。
行き交うスタッフに「おめでとうございます!」と言われて、当日なんだと自覚した。
二人でメイク室に入り、彼女の着替えを横目に、
する事がない僕は、立ったり座ったり、狭いところをウロウロしたり、
つまらない冗談を言ってみたりして、メイクさん達に笑われた。

メイク室にプロデューサーの人が電報を届けてくれた。
電報を貰うなんて初めてじゃなかったかなぁ、と思った。
その中には、キテイちゃんとか、テディベアとかドラえもんとかのぬいぐるみもあって、
ゴージャス加減に驚きつつ、メイクさんの一人の一才半のお子さんが、
ドラえもんに夢中という話を訊いて、
「へーっ、小さいお子さんって『しまじろう』じゃないんですか?」とか、
知った様な的外れな返しにメイクさんが当惑した様な笑みを浮かべるのを見て、
「何言ってんだ、オレ」と思った。

しばらくして自分の番になって、生まれて初めてメイクとかされてみた。
タキシードを着て出来上がった「プロトタイプ新郎1号」を鏡で見て、
想像してたほどは最悪じゃなかったから、ホッとした。
地味にダイエットして5キロ落としていたのも、ちょっとは意味があったらしい。
ま、こういうのを馬子にも衣装っていうんだろうが(笑)

ふと気づくとそばにいる彼女は、すっかり花嫁さんになっていた。
メイクは予想に反してクールな感じで、けれど、手前味噌だが、決まっていたし、
そんな風にもなるんだなぁ、と感激だったが、
何だか改まった顔の彼女には、どんな言葉をかけたらいいのか分からず、
気の利いた事は言ってあげられなかった。

何となく出来上がった感を感じた時に、急に空腹に気づいた。
会場入りの時、彼女のお母さんと会ったのだが、
さもあらんといなり寿司と煮物を手渡してくれていた。
着替えたタキシードを気にしつつ素早く頬張った。
小振りなサイズも含め、気遣いが嬉しかった。
彼女に尋ねるとちょっと欲しそうだったので、切り分けて食べさせた。
ドレスについたら一大事と思いきや、
メイクさんがすかさず彼女の首元にタオルを掛けてくれて、
なんだか、周りはみんなプロだなぁ、と妙に感心してみたりした。

写真を撮る、という段になる。
スタジオに通されて、カメラスタッフの多さに驚く。
お仕着せのポーズの後、テラスに出た。
この時が、会場入り後、初めての外で、曇天一転、
陽射しが暑いぐらいに晴れていたのに驚いた。

二人してローアングルのカメラを覗き込むとか、二人でブーケを持って見つめ合うとか、
ゼクシィのCMにでもありそうな、こっ恥ずかしい格好をさせられたり、
また、(そりゃそうだろうと思うが)表情が硬いと、
真剣にバカな仕草をするカメラアシスタントに、引きつった笑顔を誘われたりしたが、
あれこれ動いてみたりしたのもあってか、ちょっと気がほぐれた。
しかし、カメラを覗き込んでガッツポーズしろ、というリクエストにはシビれた・・・。
一方で、撮影中、リクエストに応えて見つめ合った彼女の目が、
潤んでいる、というよりどこかこわばって充血していたのが印象的だった。

テラスからスタジオに戻る。
窓にはカーテンがかけられていたが、それが引かれると、
中には両家の家族と親戚がひな壇に鎮座していたのに出くわして、
互いに驚きつつ、笑顔に迎えられ、中央に収まった。

撮影が終わると、彼女のお父さんと僕らだけが他と別れて、式場へと向かった。
立ち会いをお願いした互いのお世話になった元上司も含め、式のリハーサルをした。
僕はどうにも最初の新郎一人での入場の時、ゆっくり歩けなくて突っ込まれた。
リハーサル中、ウェディングキスの練習、などと言われて、
格好だけではあったが、見守る彼女のお父さんの視線が気になった。

式場入り口の大扉の脇の小部屋に通される。
マジックミラー越しに、式場の中が見られるが、
ほどなくそこに列席者が入場してきたのを見ると、急に緊張して来た。
彼女の友人だろう、若い女性達の、会場の雰囲気に感嘆する様な声が聞こえたのには、
ちょっとここを選んだ甲斐があったのを感じて、
捨て身ギャグが受けた時みたいな(?)快感があった。

横にいた彼女を見やると、相変わらず思い詰めた様な表情をしている。
「What time is it now?」と言うと、彼女は、絞り出す様に、
「Game time」と応えたが、心ここにあらずといった感じだった。
緊張をほぐそうと思って、マリーンズの試合開始前の掛け声を真似たのだったが、
完全に滑って彼女に申し訳ない気がした。
僕は黙って彼女の手を握った。

ほどなく僕だけ呼ばれ、式場の外に出るドアを通り、大扉の外に立つ。
背中に陽射しを感じた。
「ゆっくり歩かなきゃ」と自分に確認するが、
既に身体は硬直を始めていたのに気づいて、しゃがんで屈伸してみた。

ドアのノブを持つスタッフがインカムで何かを話し、小さく頷いた様に見えた後、
大扉が開いた。
「おい、いきなりはじめるのかよ?!」
確かに心の中でそう思った気がするが、後の祭りだ。
ニックネーム パラマリボ at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年05月18日

一歩前にありたく

明日は、結婚式と披露宴がある。
いや、自分のだけれど。

ここ数週間、どこか異常で、けれど、その上で飛び回っている自分がいて。

いやぁ、聴くには聴いていたが、面倒もこの上ないが、
やる事はやったし、独りじゃないんだし、あとはケセラセラ、
おまじないも、かくあらん、と思いつつ、
何だか、初めて一軍のマウンドに登る、
ピークを過ぎたロートルのピッチャーの気持ちがわかる様な・・・。

主役は彼女なので、これを読んでくれる、ご列席者方々、
よろしくお願い致します。

浮遊感の中での覚醒ってか、何か不思議な気分で、この日を終える。
ニックネーム パラマリボ at 22:36| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2007年04月14日

銀座、水深1.3m、通常の3倍

酸素カプセルの中から書いている。

ベッカムが愛用しているとかで、ベッカムカプセルとも呼ばれるそうだ。

疲労回復やダイエットにいいそうで、面白そうだからと夫婦揃って来てみた。

何かセレブな感じなところだ。
説明を受けてカプセルに入ってみる。
円筒型の棺桶みたいなかんじだが、窓が大きいから閉じ込められた様な気はしない。

気圧が段々と上げられて耳が痛くなるが、教わった耳抜きをしたら何てことはない。

うっすらと、ヒーリング系の音楽と、ハーブの香りが漂っている。

水深1.3m相当の気圧だそうだ。

通常の3倍(?!)で酸素が身体に流れ込むんだそうだ。

酸素が多く入るならアタマの回転も早くなるかとこうして書いてみているのだが、
なんだかむしろ眠くなってくる…。


これで目覚めたら、通常の3倍なのかな?
ニックネーム パラマリボ at 11:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年04月08日

1周年

昨日は、彼女と付き合い出して1周年。
その前からほぼそんな感じだったが、
1年前の今日、改めて気持ちを確かめ合ったものだった。

夕方から自由が丘に出て、彼女のスプリングコートを買って、
ボクの気に入りの和食屋で、乾杯をした。

付き合い始めた当時は、1年後、
続いてたら温泉でも行こうか、などと言っていたが、
その後、夏には結婚を現実として認識する様になり、元日に入籍。
1周年の記念日は、すでに結婚3ヶ月が経った頃、という事になった。

和食屋では、これまでを振り返りつつ、
これからもよろしく、と言い合った。

早いものだが、確かな事は、付き合い出した頃よりも、
確実に一緒にいるのが欠かせない事になっている、という事だ。
ニックネーム パラマリボ at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年02月07日

新婚一ヶ月

早いもので元日の入籍から、もう一ヶ月以上が過ぎた。

お陰さまで、いろんな人にお祝いの言葉や品々を頂いた。
ありがとうございます!
人生で、これだけ祝われる事はそうはないだろう。

ともすれば、あまりに自然に一緒にいるので、
何か変わったか、などと訊かれても、今ひとつ気の利いた答えが浮かばないのだが、
お祝いをして頂くと、「あぁ、なるほど、そういうことかぁ」などと思う。
人は知らないが、自分は昔から、何かの中心にいる自分には鈍感だったりするし。

強いて変わった事を挙げれば、
それなりに家事などこなすようにはなってきたかな、というぐらい。
結婚前から一緒にいたので、それはそれで、拙いなりに、励まされ学んで来たのはあるが、
例えばやる気が起きない時など、「二人っきりの所帯だしな」と思うと、
やはり拙いが、それなりに工夫してなんとかかんとかやり出して、
やっている自分が愉快でもあり、少しずつうまくなるのは、悪い気はしない。

後は毎月とか毎週とか、すべき事、したい事の目標を立てている自分に気づく。
いや、目標って言ったって、極々些細なことだが。

今のところ、彼女はボクと同じか、それ以上に働いている。
だから、家事も分担して、ましてやボクが年長でオトコだしってのもあるし、
半分以上やって当たり前だ、って思う様になって来た。
結婚前は、たまにボクが多く家事をこなしていると思える様な時には、
どうも損をしてる気がしたのが正直なところだが、
所帯ってものを持ってみて、覚束ないなりに「家長」なんだし、
と自分をいさめてみる自分が嫌いじゃないのが分かって来たり。

もちろん、ちょっと上手くできては逆戻りってのは日常茶飯事だが、
それこそ日常なんだし、それが将来に続く事が、一層イメージできる様になったので、
慌てず騒がず淡々と、とは思う様になったかな?

けれど、どうも思いついたら極端にやり出して、
できないと、いじけて居直ってみたりってのは、元々のボクのくせで、
そんなものに彼女を巻き込んでしまったりもするが
・・・もちろん、これも課題の一つ。

ま、どれもこれも、草臥れた顔を見ては申し訳なく思い、
笑顔を見れば力が湧く、そういう日々のトリガーがあっての事だと思う。

いや、彼女の名誉のために書くが、
こうした事は、あくまでボク個人の感じた事であって、
客観的に見れば、彼女は彼女なりのペースで、
ボクより着実にいろんなものをこなしている。
尊敬するし学ぶ事も多い。

それにしても、独りでいた時と比べると、時が経つのが圧倒的に早いものだ。
楽な事ばかりじゃないが、日々に意味がある。
これから都度、新しい課題も生まれるだろう。
ふと気づいたが、課題ってのはベターになるためにクリアすべきことであって、
ベターを具体的にイメージできるからこそ、「課題」になるのであって、
プレッシャーを感じる事があっても、十分前向きなんだろうな、と。
それを一緒にクリアして行くから「パートナー」なんだろうと。

はてさて、気が早いが、エッチラオッチラ、
日々こうやって、10年とか迎えられたらいいと思う。
ニックネーム パラマリボ at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年11月23日

IKEA行軍

今日は、IKEAに行った。
前回は、3週間前だったと思う。
いずれも、その前に行った船橋店ではなくて、10月にできた港北店。

前回に行って大いに泡を喰った。
買い出した時からうっすら感じてはいたが、
本棚やベッドなど、2メートルを超えるパーツセットを、
でっかい倉庫に振ってある番地から探して、自分でカートに乗っけて、会計の列に並ぶ。

会計だけでも長蛇の列に30分は掛かり、ショウルームの探訪、
パーツとの格闘、配送手配を含めると、結局3時間ぐらいになる。
往復で2時間だから、ほとんど半日作業だ。

前回、翌週末に届いた大物との格闘は丸一日に及び、
週明け、後半まで筋肉痛に取り巻かれる事甚だしく。
組み立ては簡単で、結構面白いのだが、なにぶんベッドなどはでかくて重くて、
不自然な姿勢を強いられるので・・・いや、運動不足を痛感するのが正直なところだが。

さて今日は、前回売り切れだったり決めきれなかった本棚の残りとクローゼット
そしてわがままを言って、
今これを書いているマックを置くデスクセットチェアを買って貰った。
前回の経験を踏まえ、随分と効率良く買い回ったつもりだが、やっぱり結局、3時間。
前回買って届いたベッドのネジが一部、足りなかったり、どう考えても入らなかったりで、
サポートみたいなところでクダを巻いたのもあったのだが。

でもって、来週末は、また組み立て大会となる訳だ。
前回を思うとぞっとすらするが、ま、これで一応、最低限、新居の体裁は整うはずで、
組み立ては、デザイナーの主張と工夫が分かったりもするから面白いので、
楽しみだという前向きなファクターを優先的に自分に刷り込んで待つ事にしよう。

しかしね、今日のサポートの応対のアバウトさでもイラ立ったのだが、IKEA、
セルフっていうのは、ま、コンセプトはそれぞれで、慣れれば愉快だしいいのだが、
それ以前に、五月蝿いというか、洗練された日本の消費者に応えるには、
ちょっと、まだまだレベルが低いぞ!!!
届いたものに不備が少なくないし(一回の買い物11個口で3つ)、
在庫確認は店内の端末やネットでと言うが、リアル在庫とリンクが甘くて、
せっかく店に行っても実際はなかったり、
セルフのコンセプトを甘受、理解しても尚、
いやむしろ、セルフを打ち出しているからこそ、
逆にそれを実現するための徹底具合の弱さがそこかしこ。
IKEAに行きたがる人は周りにも多いが、その辺りをちゃんと分かってないと、
ってか、それを買う側に分からせないと、IKEA、カルフールの二の舞で、
最初だけ盛り上がって、後は閑古鳥ってことになりかねないんじゃないのかね?!

ま、難癖つけても、一つずつステップを組み上げて行く、
今のプロセスは、ぶっちゃけ愉しいさ♪
頑張れる理由ってのが一緒にいてくれるっていう、それがフリクションだし。

IKEA云々以前に、不備、予想外は当たり前で、それを工夫してやって行く、
「セルフ」って実際、日常的には当たり前な事なんだしねぇ。
ニックネーム パラマリボ at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年10月31日

新天地

週末に引っ越しをした。

好天にも恵まれて、思いのほかスムーズだった。
・・・というか、同居人の手際の良さには舌を巻いた。
僕は、エッチラオッチラオタオタとしながら、できることを何とかエッサラ・・・。

今度のところは何より陽当たりが良い。
そして広い。
翌日、一度、元の部屋へ戻ったが、あまりの汚さに愕然とした。
けれど、なんだかお辞儀をしたい様な気分になった。

引っ越してみて、何だか人間として少しは全うな生活をしている気になる。
今までほとんど手の届くところに全てがあったのが、
これはここ、あれはあれ、と空間の意味と役割が整理されている。
さらに、生活に心地よいリズムが生まれる。
朝、窓を開けて浴びる光と風。
夜、戻って救われる穏やかさ。
週末の暖かさ。

帰りたい場所っていうのはこういうところを言うんだろうな、と思う。
きっかけができてからはや一年近く。
まずはこれまでに感謝。

そして、これから先は長い。
ここも終の住処と言う訳ではないが、ある意味でのスタートラインなのだろう。
ここで積み重ねるものはこれまでよりも遥かに意味があると思える。
というかそうする。
まずは、力まずに。
ニックネーム パラマリボ at 22:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2006年10月17日

せわせわな秋

秋になったらとは言っていたが、
いきなり月末に引っ越すことになった。
探し出したら掘り出し物が見つかって。

でもって、引越しだけでもせわしいのだが、
ある意味、それがトリガーとなって、
「しよう」または「したい」とリストアップされていたことが、
一気に「推進中」「要対応」へとステータスを変えた。

いや、いずれもハッピーな話なのだが、
てんてんこもりもりな感じでアップアップしているこの頃。

てなことで、更新がままならないことの言い訳でした。
ニックネーム パラマリボ at 20:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年09月29日

初の登録抹消?

火曜日から入院して、さっき退院した。
入院なんて、人生初の経験だ。

仕事やらなにやら忙しくなっている時期に、周りには悪いとも思いつつ、
何か、ちょっとゆっくり考えろって言われているみたいな気もした。

手術自体は30分程度で終わったらしいのだが、
全身麻酔をされていたので、さっぱり分からない。
健康診断で見つかった喉の腫瘍だったのだが、
何か取ってもらった感がないのが残念な気がしたり。

でもって、前日の朝から、手術に備えて入院しろ、翌日も経過を見るから寝ていろと、
何やら衣ばっかりのエビ天みたいな入院だった。

人生初の「登録抹消」・・・
いや、ちょっとプロ野球になぞらえてみたかっただけなのだが(笑)。
周りに言うと、30代も後半になって入院した事がない人の方が珍しいよ、
なんて言われてビックリした。

僕は幼い頃から風邪引いたり胃腸を壊したりってのは良くあったけれど、
大病はしたことがないから、それ自体、親に感謝って事なんだと再認識。

病院は綺麗で、風呂も入れたし、テレビもあったし、思いのほか快適だった。
けれど、行動範囲は、病室からデイルームとか言う広間みたいなところ、
または、病棟の地下にある売店ぐらいで、退屈この上なし。
久しぶりにハードカバーを4冊読破したのが良かったかな。
気づけば趣味のはずの読書も久しくおざなりだった。
耽読すると何と言うか自分の精神性がケアされる気がしたもので、
そんな自分を再認識してみて安心した。

しかし考えてみれば、最悪でも生死に関わる事じゃなさそうだとは言え、
たまたま検診で見つかったからラッキーだと思うし、
同僚やら周りが心配してくれて悪いとは思いつつ、有り難いものだと思った。
そんな事を言いそうもない上司が
「精神的な疲れもあるだろうからゆっくりして下さい」なんて言ってくれて、
実は感激だったし、
見舞いに来てくれた連れの笑顔にはノックアウトされたし、ま、単純な自分は健在で(笑)

さて、今日、仕事に顔を出そうかとも思ったが、
退院して歩き出すと、すっかり身体が鈍っているのに気づいた。
おかゆとか病院食は低カロリーで、腹の周りがすっきりした感じもするが、
パワーは出ないよな、そんなこんなじゃ。
伸び切った髪を切ってもらいに行っただけで息が切れた。

週末はリハビリってか、普通に生活してみて、週明けの「再登録」に備えねば。
しかしなぁ、ちょびっとずつ身体に不具合が出てくる様な、そんなお年頃なんだろうなぁ。

実際、僕なんて気楽な入院患者だった方なのだろう。
パジャマなんてないし、いかにも入院ってのも嫌だったから
背中に「26」って書かれたTシャツとか着て歩き回っていたが、
病棟では、上手く言えないけれど、生きている、生きようとしている人の姿を目の当たりにして、
オイラまだまだバカだな、もっとやらなきゃな、とか、感じる部分もあった。

さて、「ゆっくり考えろ」っていうお題に対して考えた事は、これ以外にもあるにはある。
が、そうそうぶっ飛んだ事じゃない。
簡単に言えば、これまで、ともすれば人並み以上に手つかずにしていたすべき事を
焦らず流さず一つずつやりこなして自分のレイヤーを上げて行かなきゃ、って事だ。
てか、ここしばらく、なんだかんだと藻掻いて来たのもあってか、
それができる要素がいろいろと揃って来たのは気づいていたが、
ひっ絡まったまんまのそんな要素達を整理してみて、
今がその時期だって、再認識したってとこかな。

そう、「再認識」には貴重な時間を過ごしたってワケだ。
さーて、何かあるのはいつも秋だ。
再登録後はガッツリ行かねばな!

来シーズンは、またアジアを獲りますとも!!
(それか?)
ニックネーム パラマリボ at 18:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2006年09月21日

てすと

記事の中に広告が出るって言うので、
面白そうだからありそうなキーワードを入れてみる。

コスメ
パスタ
マンション
勉強
アメリカ

何がでるかな?
ニックネーム パラマリボ at 19:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年09月10日

さんま求めて3時間

目黒のさんま祭りに行った。

ふとそんな話になって調べてみると、
「めぐろのさんま」を売り物にしている祭りは2つあるのが分かった。

目黒駅を挟んで、品川区側と目黒区側。
そう言えば、以前、両者が競ってさんまを振る舞い合い、
それにまたさんまの名産地、宮古と気仙沼が、我こそがさんまの一の産地と、
宮古が品川、気仙沼が目黒に5000尾ずつのさんまを、競って送り合っている、
って聞いた事がある。

品川が11回目、目黒が30回目という事だから、本家は?
なのだが、まぁ、行く側にしてみれば、別にいいんじゃんと。

でもって、今日が品川、来週が目黒なので、今日は品川のに行った。
昨年、行った人のブログを見ると、2.5時間も並んだって書いてあったから、
今日もどうかと思ったが、あにはからんや、想像を遥かに超えていた。

行ったのは12時過ぎ。
目黒駅前では、さんまを焼く煙が高々と上がり、人の群れができている。
一瞬、すぐにありつけるかと思うものの、すぐに警備の人に導かれ、行列の在処を知る。
人の列は、延々と目黒通りを白金方面に続く。

「随分長いねぇ」などと言っていたが、序の口もいいところ、
ほどなく首都高目黒線にぶつかり、その下の道を五反田方面へ。
行けども行けども最後尾は見えず、ようやく辿り着いたのは、
目黒駅前から歩いて15分、後で調べると1キロぐらいのところだった。

「食べられるのかなぁ」。
既に、愚痴モードになっている連れを誘って、取りあえず列に並ぶ。
ほどなく、実行委員会の人が拡声器で説明に来る。

「ちゃんとさんまはあるのですが、予想以上の行列で、時間が掛かってしまって申し訳ありません」
「さんまは今朝7時に宮古から直送されたもので、海洋深層水から取った塩をふり、
 栃木県黒磯市高林の大根を下ろして、
 徳島県神山町のすだちをしぼって召し上がって頂きます・・・」

たいそうな有り難さ加減だ(笑)。

が、列は、途方に暮れるほど進みが遅い。
列はまだまだ照りつける陽射しを避ける様にビルの陰を這う。
途中、何度か、「帰ろうか?」と言ってみるが、結局列に従って進む。

道程の3/4、ようやく、元の目黒通りに戻ると、
陽射しは前から照りつけるが、その先に、煙が上るのが見える。
既に2時半を過ぎている。
腹が鳴って気持ち悪くなる。
朝からほとんど何も食べていないのに気づく。

さらにしばらくすると、さんまの焼ける匂いがする。
好物だった記憶なんてないけれど、さんま、猛烈に美味そうだ!

最後に焼いている炭の前に通される。
居並ぶ焼き網の数と、またその一つずつに並ぶさんまに圧倒される。
秋の陽光に照らされ細い身を光らせる様には、
まさに秋刀魚という字が相応しく思われる。

さんまと大根おろしとすだちを紙のトレーに乗せてもらう。
すだちを絞ってくれたのは「すだち大使」とかっていうタスキを掛けた、
ミス○○みたいな女の人達。暑さと煙とにおいの中、綺麗な制服を着ている。
スタッフの人達もたまらんな、こりゃ。

しかし何にせよ、どーん!
とうとうさんまゲットだ!!

確かにさ、激ウマだな、こりゃ。
連れのと比べると隣の芝生か僕のは、やや焼きが甘い様にも思えたが、
炭、すだちと、自身の脂のあいまった香ばしい香りと妙味。
一瞬で、頭と背骨だけになった。
さんまがこんなに美味いなんて知らなかった。

ありついた時には3時半を過ぎていた。
拡声器では、もうほとんど終了だって言っていた。
ぎりぎりセーフな感じだった。

いや、ありがたやありがたや。
たかがさんまで3時間ってどうよ、とか、それだけ並んでりゃ美味いだろうに、
っていうツッコミは甘んじて受けるとして、まぁ、終わりよければ全てよし。

難癖をつけるとすれば、
祭りの前からそこかしこに掲げられたポスターにあった「食べ放題」っていう謳い文句は、
ちとそぐわないとは思った。
だって、あの場で二尾とは言えようもないし、もう一回並ぶなんて、
衣笠かリプケン、または修行僧じゃなきゃ無理だし(笑)
というワケで、一尾を食べ尽くし、「スモーク」を背景に、祭りを後にした。

ま、一人なら来るはずもないし、
そんな連れもまんざらじゃなかったみたいだし、
それが何より、良かった良かった。

さて、来週は目黒区側。
もう行く事になっている(笑)
ニックネーム パラマリボ at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年08月23日

西伊豆逗留記

西伊豆、戸田というところに行った。
逗留と言っても一昨日、昨日の一泊二日だったが、
例年になく密度濃く充実した休みだった。

ロマンスカーで新宿から沼津、そこから船で戸田。
ちなみに戸田は「へだ」と読む。

戸田はこぢんまりした漁村だったが、思いのほか活気がある。
港の脇にある海水浴場は色とりどりに賑わう。

宿に着くと荷解きもそこそこ、まずは甲子園の決勝戦の再戦に見入ってしまう。
最後の斎藤&田中の対決に痺れつつ、テレビを消して露天風呂に入る。
風呂からは眼前に西伊豆の海が広がる。

風呂を出て、ちょっとの休息の後、予約してみた岩盤浴を試す。
温いスベスベした石板に寝そべっていると、笑えるほど汗をかく。

部屋に戻ってテラスから海を眺める。
売り物の入り日と富士山はどちらも薄い雲に邪魔をされて見えなかったが、
蝉時雨の中、時折涼やかな風に撫でられもして、充分に爽快だ。

夕食はバツが悪いほど豪勢だ。
名物という高足蟹は、名物に美味いものなしと斜に構えた予想を見事に覆してくれる。

夕食が済んで宿がサービスでやっているらしいナイトツアーに参加する。
戸田の夜景スポットや名勝を周り、海岸へ出る。
海岸では、夜光虫が見られると言われ、海に入って水をかき回すと、
手足の周りが仄かにもはっきりと青白く光る。
面白くなってしばしやり続けると、7分丈のパンツの裾が濡れている。

港で配られた線香花火に飽き足らず、ツアーが終わって宿に帰った後も、
持参した花火を持ち出して興じる。
一旦帰った宿の前では高足蟹を持たせてくれるとのこと、自分では遠慮したが、
1.5メートルはあろうかというそれを掴んで狼狽えつつの笑顔にシャッターを切る。

宿に戻り、別の展望風呂に入る。
ほの暗い中、窓の外にはイカ釣り船と対岸の灯りが見える。

翌朝。
今度はまた大浴場に行き、誰もいない広々とした露天風呂の縁に立ってみる。
やっぱり富士山は見えなかったけれど、
沖合を行く船が眼前を横切るのをボーッと眺める。
朝食も、やっぱり立派だ。
今更ながら、この宿は多分料理自慢なのだろう。

ちょっと遅めに宿を出て、港まで歩いて出る。
港で土産を買い、バスで修善寺へ向かう。

修善寺サイクルセンターってのが次の目的地。
バカにしていたのだが、ちょっと鄙びた感じも好天の下、広々として爽快。
お子様向けのジェットコースターや滑り台やらに興じた後、
2キロのサイクリングコースを2周すると、
自転車って乗ってないなぁ、と風を切る感じに懐かしさを覚えつつ、
ムキになったのもあってちょっと脚にくる。

修善寺駅に戻って伊豆箱根鉄道に乗り、長岡で降りる。
反射炉という名勝に向かう。
ここは江戸時代に鋳鉄で大砲を作った秘密軍需工場だそうだ。
見学はさておき、目的は隣接した地ビールレストラン。
数百人は入れそうな大きな建物も、平日のためか夕食には早いからか、独占状態だ。
4種類のビールを呑み比べつつ、逗留の想い出を巡らす。
外は徐々に暮れなずんで、旅の終わりを知らせる・・・。


ほろ酔いで三島に出て、新幹線を経由して帰宅。
さすがに草臥れたが、例年以上に充実を感じた。

夏の温泉はもう10年以上続けている行事だが、今年はちょっと趣が違った。
これまでのそれに懐かしさを覚えつつ、今年のそれを今後も続けたい、
行く前から想像はしていたが、終わってみて改めてその想いを新たにした。

ありがとう。
ニックネーム パラマリボ at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年07月21日

日比谷のBAR 完結編(希望)

帝国ホテルのロビーにいる。

会議は正確には近所だったらしいが、ベースキャンプにしているここの部屋に荷物を置きに行くのだそうだ。

帝国ホテルなんて、泊まった事がないから、観てみたいが、いい歳して部屋に上がり込む言い訳みたいなのもみっともないから、
大人しくロビーのソファに座っている。

後ろのカフェからは生演奏のピアノが耳をくすぐる…あぁ、やっと来た。

これにて終了!
ニックネーム パラマリボ at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年07月21日

続)日比谷のBAR

待ち人はまだ音沙汰なし。

僕はカウンターの隅でケータイに向かっている。

一元だし、さぞ危ない客だろうと思う(笑)

今晩、ケアすべき対象は呑みに行っている。

日比谷への呼び出しは、シゴト場でゆっくり片付け物でもしようか、
はたまた野球のオールスターでも観に帰ろうか、思案していたところに来た。

本当なら呼び出してきた彼女にケア対象を引き合わせたくもあったが、
今日を逃すとアメリカに帰るまでの2週間、逢えるか分からないという話だったから、
取り敢えずも出てきたのだった。

しかし隣の客が独り賑やかだ。
ニックネーム パラマリボ at 21:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年07月21日

金曜日の晩、独り日比谷のBAR

初めての店だ。
場当たりで入った。
早いからか空いている。
外の梅雨の空気とは無縁の乾いた涼しさが嬉しい。
ほの暗くジャズが流れている…悪くない店だ。

空きっ腹に生ビールとナッツ。

一週間を振り返るには…

いや、いかん!

別にキザったらしく気取ろうと思った訳じゃなくて、
単に待たされて時間を潰しているだけだ。

昔の同僚。
彼女はアメリカに渡って公認会計士となり、日本に出張で来て、
時間が出来たと呼び出されたのだった。

が、帝国ホテルでの会議が長引いたとかで。

やることないし(笑)
ニックネーム パラマリボ at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年07月02日

セールの頃

今、大手コスメメーカーの取引先から貰った招待状で、ファミリーセールに来ている。

うっかり話したらどうも来たいらしいが、気付けば最終日。

のんびり屋を半ば無理矢理引っ張って、終了時間間際に、滑り込みで中に入ったが、
僕自身は会場の女性の妖気に圧倒されて一瞬で退散、外で待つ事にした。

この後は靴と服と何やら…。

セールって敬遠してたから久しぶり。

くたびれるが、せっかく来たのだから、
多少なりとも釣果と笑顔があれば、まぁ甲斐があると言うものだ。

はて、どんな顔して出てくるのやら?
ニックネーム パラマリボ at 16:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年06月19日

ロハスな土曜日

この間の土曜日、池上本門寺に行った。

ちょっと前にネットで見て、イベントがあるのを知っていた。
「百万人のキャンドルナイト」っていうので、
曰く、夏至の日に電灯を消してエネルギー問題を考えよう云々・・・。

たまたま会場の一つの本門寺が近所でもあり、
梅雨空もどうやら降らずに持ちそうなので、
「行ってみよっか?」となったのだった。

本門寺の96段の階段に200個の手作りの竹のランタンが灯されるとのこと。
階段上の方から行ってみると、
下では、地元の少女合唱団が、ちいさなコンサートをやっていた。
途中に腰掛けてコンサートの様子を眺める。

風が強くて、ランタンの中のろうそくの灯りは、あおられて消えてしまう。
気になってライターで点けてみたりした。
ランタンは、それぞれ思い思いに穴がうがたれ、
文字や模様を浮かび上がらせていた。

コンサートが終わって、階段下に降り、
見上げると、穏やかに綺麗な佇まいが広がっていた。
記念のスナップを撮ってみたが、ランタンを入れ込もうとした無理な構図が、
笑顔を不気味に映し出す結果になって、二人して笑った。

帰りしな、大田区のケーブルテレビだというカメラを担いだ人に呼び止められて、
感想とかきっかけとかのインタビューを受けた。

以前は取材する側だったが、いざされると緊張するなと思いつつ、
アタマを巡らせて、つつがない回答を捻り出せたので、ちょっと得意だった。

次の日のネットニュースで、同じテーマのイベントが、
全国38000ものところで行われた事を知って驚いた。

本門寺のイベント自体は、地味でなーんていう事もなかったが、
壊れやすそうでいて暖かみがあって、悪いもんじゃないな、と思った。

その後、深酒さえしなければ、
穏やかに優しい夜で終わったのだったはずなのだが・・・笑
ニックネーム パラマリボ at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年06月16日

なんでだかドイツ遠くて

シゴト帰りに定食屋にいた。

テレビサッカーをやっている。
後で入ってきたお客さんが、「アルゼンチンじゃん!」って言うのを聞いて初めて気づいた。

ん〜、なんか今回は盛り上がらないなぁ。

前回、日本戦も含めて3回も行けちゃったから、何か終わった感があるのか、
そもそも今回の代表、前回のクロアチアじゃないが新味が感じられないからか、
…待てよ?
歳取って好奇心が萎えたかっ?!

いや、マリーンズには相変わらず熱くなって…あ!それでかなぁ?

まぁ、語る仲間も今は近くにいないし、い〜んだけれど乗り遅れ感…。
ニックネーム パラマリボ at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年05月29日

雨中、ほのぼの・・・ファミリーライクな休日

土曜日、雨の中、IKEAに行った。

船橋にできた1号店、スウェーデンの家具とか雑貨のお店だ。

連日、数万の人でごったがえしているのは見聞きしていたが、
人混みと合わせ、巨大さに驚いた。

ソファベッドやコーナー家具なんか、いいのが見つかればなぁ、
との当初の目録見は、
数多の人と商品の醸し出す妖気めいたものに圧倒されて、敢えなく玉砕(笑)

一方で、商品は、びっくりするほど安いのも含めて、
手軽さが目に付き、あれこれと手にしてしまいそうな勢いだったが、
いい御者の手綱さばきで事なきを得た。

結局、2フロアをルートに沿って回ったが、3時間も掛かった。

最低限、見繕った小物だけをレジに通すと、安さに♪な一方で、
電車&雨という環境下での持ち帰りには難儀した。

買い込んでいたらどうなっていたやら・・・?
御者の存在に感謝せねば、と思った。

部屋に帰って小物らを配し、
かの国の名物というので一緒に買っておいた
ミートボールを夕食にして、
くたびれつつ朗らかな一日を過ごした。

しかし、最近、週末の過ごし方がずいぶんと変わってきたものだ。

これを人並みっていうのかも知れない。

つくづく、ありがたいものだと思う。
ニックネーム パラマリボ at 13:26| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記

2006年05月01日

寡作化に至るモチベーション

最近、ブログの更新が滞っている。
何人かの友人に心配して頂いている様だ。
書きかけで公開していない記事もある。

けれどね、近年になく、僕はハッピーな毎日を過ごしている。
ハッピーなんだけれど、いや、だからこそ、
それに集中しなきゃって思っている。

元々僕は、クリエイティビティーっていうのは、
自分の大切な何かのために、それをハッピー、またはベターにするために、
使うために与えられた能力だって信じている。

実際、僕は文章を書くのを止めてはいない。
むしろ、毎日一杯書いている。

それは、思わぬ事から始まった、欠かせない面影のために。
その面影も、僕がブログを書かない事を心配してくれるけれど、
僕は今、自分に与えられたクリエイティビティーの全てを、
その面影に投下したい、そのために使いたいと思っている。

こんなにコミュニケーションのパスまわしが上手く行った事って、多分初めてだ。

それは、相手が引き出してくれる力。
それは、その相手に還元するべき力。

だから、僕は何らブレておらず、むしろ、僕のクリエイティビティー、
それ自身、小さく薄いものかも知れないけれど、
それを与えたい対象がいるって言う事だ。
疲れも愛おしく、休息も、パワーを回復すべき理由があるから、無為でなく。

笑顔のパワーを、これだけ自分に必要だと感じさせてくれた、
その面影のために、僕は自分の足りない能力を極大化させてつぎ込む。

怖がっている時期とはお別れする頃だと思う。
なので、心配してくれた人達へ・・・ありがとう。
大丈夫だから、ご心配なく。

クリエイティビティー、その源力において、僕が負けちゃいけない。
前と違ってエネルギーは常にフィードされ続ける。
僕は倍加してそれを還元する。

絶対に失いたくないもの、当たり前になければならないもの、
それを得る権利なんてあるのか・・・?
いや、怯む理由はないから、遅ればせながら本気でそれを穫りに行く!
見てろ、僕以上の何もない事を見せてあげるから。
安心して欲しいな。

全ては、笑顔のために!

(何かのパクリっぽいけれどね(笑))
ニックネーム パラマリボ at 01:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年04月18日

夜の羽田空港

目当ての便は欠航で、
待ち人は別便に代えて、2時間近く遅れて来る。

ま、だから間に合うのだから、むしろ良かったのかも知れない。

空港で人を待つなんて初めての経験だ。

3日前に逢ったばかりなのに、熱心なものだと、自分を笑う。

開口一番、何て言おうか…?

バーカ、とか言っちゃうのかも知れない。

…あと10分か。
ニックネーム パラマリボ at 21:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年04月13日

ケータイ依存

つい一月前から、肌身離さずケータイを
持っているようになっちゃった。

男のくせに、さらにいい歳して、全く恥ずかしい限りだ。

このデバイスに新しい意味が出来てしまったのがきっかけだ。

なので、依存しているのは、その意味に対してって、事だ。

みっともなくても、ずっとこの癖、というか、
元の意味を持っていたいものだ、と思っている。
ニックネーム パラマリボ at 12:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年04月10日

車中のつぶやき

朝の通勤電車。
殺人ラッシュとまでは言えないが、相応に混んでいる。

未だに民度の低い輩のケータイが鳴り、ヘッドホンステレオからビートが漏れる。
ま、いつもの風景だ。

停車中、一瞬静まった車内に、ボソボソいう微かな声が聞こえる。
立つ人の合間から見えたのは、椅子に座ったお母さんと、3、4歳の女の子。
お母さんは、娘に絵本を読み聞かせている。
声は、最低限に小さく、場を充分にわきまえている。
娘は大人しく、ジッと耳を澄ましつつ、母がめくるページを追っている。

ふと気づくと、周りの大人達が、その二人をどこか守る様にしているのが分かる。
車中、いろんな人がいる。
ニックネーム パラマリボ at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記