昔から遊撃手っていうコトバが好きだった。
「遊撃」の持つ、なんかフラフラしていて、ここぞ、っていう時に勝負する、
っていうニュアンスが気に入っていたのだった。
(意味も意訳的ではありつつ、実際そうだが)
遊撃手の動きにもいつも痺れていた。
広い二三塁間を俊敏に駆け回り、飛んだり、身体を反転させたりと軽快かつしなやかで、
強肩一閃、一塁に打者を刺す。
僕は左利きだから、遊撃手はできなかった。
肩には自信があったけれど、任されるのは、
守備としては今ひとつ面白みのない一塁手だったから、
華やかさと渋みを兼ね備える遊撃手のポジションに、余計に憧れたものだった。
さて、常々調べなきゃと思っていたのだが、遊撃手って何でそう呼ぶのって。
で、実行に移した。
英語で言うポジション名、short stopとは、
レフトに抜ける打球を、手前で裁くっていうところから来たそうだ。
なので、当初、
日本語では直訳して、「短遮」と言っていたらしい。
それを変えたのは、明治の始めに生まれた中馬庚(ちゅうまん・かなえ)という人だそうだ。
遊撃手の状況に応じて変わるポジション取りを見ていて、遊撃というコトバが相応しいと。
なるほど、やっぱり同じように感じるものなんだな、と思った。
さて、じゃぁ、なんで三塁側だけにこういうプレーヤーがいるのか?
野球は左右非対称の
スポーツだ。
フィールドの形は左右対称でも、動きには大いに違いがある。
一番大きいのは打ったら右に走るっていうことじゃないだろうか。
また、利き腕によって打ち方が反対になることも
ユニークだ。
人間の右利きと左利きの比率は、9:1と聞いたことがある。
野球では、左打ちの方が、右主流である投手のボールが良く見え、また一塁へ数歩近いのもあって、
右利きの人が左打ちに変えるケースもあるが、
それでもその比率は、せいぜい8:2とか、そんな程度だろう。
そして、普通に打てば、右打者は、力がより込められるレフト方面に強い打球を飛ばす。
さらに、二三塁間は、一塁と対角線の方向で、距離もあるので、
一塁でアウトにするためには、より前掛かりで裁かなければならない。
だから、おのずと「short stop」が必要になり、逆は当てはまらない。
全くの自説だけれど、多分、大きく外れてはいないと思う。
ところで、この中馬庚という人。
baseballを野球と名付けた人だそうだ。
明治27年に、それまでベースボールとそのまま呼ばれていたのを、
母校の部史編纂にあたって、野球としたらしい。
あれ?っと思った。
名付け親って正岡子規だったんじゃないか、と。
で、また
調べる。
正岡子規は、熱狂的な野球好きだったらしく、自分の幼名である升(のぼる)に引っかけて、
野球(のぼーる)という雅号を使っていたこともあったらしいが、
それが「やきゅう」の由来ではないそうだ。
ちなみにこの二人共、野球殿堂入りしている。
中馬庚が明治学生野球の祖として、正岡子規が文学を通じて野球の普及に貢献したとして。
庚は二塁手、子規は捕手だったそうだ。
彼らが、すでに名遊撃手である小坂や西岡のプレーを見たら何を感じ、どう表現するだろう?
そう思うと愉快な気がした。