懐かしい
アルバムを聴いたら、懐かしい友達を思い出した。
奴は、今もミュージシャンを続けている。
時々名前も出ているから、名誉のために名前は伏せておこう。
奴とは高校で知り合った。
帰国子女だった奴は、品が良くておぼっちゃんタイプに見えた。
家に遊びに行くと、可愛らしいお母さんがお茶とケーキを出してくれた。
居間の
ピアノやレースのカーテンや庭の花が綺麗だった。
音楽とかスポーツとかの話で、仲良くなった。
同じ女の子を好きになって喧嘩したり、
一緒にアメフト部を作ろうとしたけれど、学校に相手にされず、
校庭の片隅で、ルールもメチャクチャなアメフトごっこをやったりした。
あの頃の僕らは、同じものを見ていたと思う。
奴はちょっと不器用なところがあって、
学校帰りに、仲間で歩きながら、ジュースを飲んだり
アイスを喰ったりしていると、
2つの事が一緒にできないらしくて、いつも一口やる毎に一人遅れた。
それがみんなのネタになった。
奴は、テクノが好きだった。
さっき、久々に聴いたUltravoxも、当時、奴が教えてくれたものだ。
その他は、YMOとかKraftwerkとか。
ある時、ボクが好きだったDischargeを貸した。
イギリスのハードコアパンク。
翌朝、教室の机に座っていたボクは、いきなり背中を勢いよくど突かれてビックリした。
振り返ると奴だった。
一瞬で奴の中の何かが違っているのに気づいた。
「オレが探していたのはこういう音だったんだよ!」
それからの奴は、ハードコアパンクに没頭し、受け身だったキャラも一変した。
奴の髪型は真ん中分けから、次第に逆立っていった。
どっちの方がカッコ良く立っているか、言い争いをしたりした。
パンクバンドを組んだ。
奴がヴォーカル&ギター。ボクがベース。
もう一人のギターはハードロック好きな腕の立つ奴で、
いかにハードロックがダメで、俺達がパンクであるべきかを説き伏せて引き込んだ。
だってあの頃、パンクとハードロックは、往々にして忌むべき敵だったから(笑)
当時の学内で男子の憧れの的だった女の子がボクの天使になった。
彼女が編んでくれた
セーターを着てステージに立ったボクは有頂天だったけれど、
ベースのテクニックはヒドイもので、奴に怒鳴られたりした。
高校時代が終わって、それぞれ別の道に進んだ。
ボクはバンドを辞めた。
奴のハードコア化の加速は、
メロディとビートのバランスが好きなボクの趣味とは離れていった。
「オマエは音楽が好きなんだな。オレはビートが好きなんだよ」
奴のコトバ。
奴の家は、
お父さんの仕事がウマくなくなって、壊れていった。
奴は独力で大学に行ったけれど、ほとんど授業には出ず、軽音楽部に入り浸っていた。
ボクは、奴と同じ大学でも全く違う場所にある別の学部に入り、
そこで、映像とペンを表現手段とすることを学んだ。
そして、やはり同じ大学の、でも医学部に進んだ、
セーターの天使と半同棲をするようになった。
彼女はボクに、手料理とか温もりとか前を向いて生きる事とか、いろんなものをくれた。
何よりボクが幼い頃以来忘れていた、本を読むことを教えてくれた。
それがきっかけでもあって、
ボクの聖地は、トラファルガー広場からカリブにあるカルタヘナに変わり、
後になってちょっとだけトランペットをかじったりもしたけれど、ほどなく封印した。
音楽の趣味の範囲は、彼女の細い声が奏でる曲にまで広がった。
奴は、卒業後も、ビルの窓ふきとか、配送員とか、フリーターをやりながら音楽を続けた。
余談だがボクは、大学の途中で、結婚を誓い合っていた天使と別れた。
青すぎたんだと思う。ボクは、バツ1/2。
今、彼女は女医さん。相変わらずいろんなものを与えているのだろう。
結婚して、あの頃欲しがっていた子供もできて、幸せらしい。良かった。
得るモノばかりに目ざとい輩とは違い、
常に人に与え続けた彼女には、幸せを十分に受け取るだけの権利がある。奴の場合。
部で知り合った先輩と付き合いを続け、卒業後に結婚した。
パーティは、居酒屋だった。
家に遊びに行った。
古びた賃貸
アパート。6畳一間。
でも、音楽と奥さん、奴の大事なものは全て揃っていて幸せそうだった。
それなのに、数年してあっけなく離婚した。
「音楽性が合わなくなったんだよ」。
それが理由だった。
奴はAV女優と付き合った。
でも、彼女は自殺未遂の後、南半球に行ったきり行方不明になった。
奴は逮捕された。
家で栽培していたマリファナを見つかったから。
ボクはジャマイカでおっかない目にあっていたので、止めるように言っていたけれど、
奴、笑って取り合わなかった。
居酒屋で2人きりで出所祝いをした。
「お袋が泣いてたんだよ、裁判所で。オマエ、お袋は泣かせちゃだめだよ!」
なぜかボクは奴に説教された。
出所後、奴はまた一人でギターを取り、ハープを吹き、ブルースに傾倒していった。
奴はストリッパーと付き合った。
彼女は、有名な踊り子だったけれど、自分の身体の線が崩れて来たことを悟ったそうで、
プロのプライドから、号泣と共に引退した。
しばらくして、是非というので、2人のステージを見に行った。
奴のブルースと彼女のストリップ。
不思議なコラボレーションだった。
奴が誘ったらしかった。奴らしい優しさだろう。
ボクは風俗は守備範囲外なので、ストリップなんて初めてだったけれど、
彼女の踊りには鳥肌が立った。
身体を売るプライドレスな風俗ではなくて、一流だっただけある、素晴らしい芸だった。
彼女はその後、女性だけが入れるアダルトグッズの店を開いた。
ボクは、
ホームページ作りを手伝った。
奴の仕事は、彼女の店の
通販商品の梱包と発送になった。
この店は、雑誌で取り上げられたりして、今では結構有名になっている。
(リンクを貼ろうかと久々にサイトを見たら、随分刺激が強くなっているので、遠慮しよう。
高円寺にある、と言えば、知っている人は「あ!」と思うかも知れない)しばらくして、奴は別れた。
その後、仕事もなくした奴は、キャバクラ嬢を仕事帰りに車で送る、「送り」という仕事をした。
家を売り払って田舎に引っ込んだ奴のお母さんが、若くして痴呆になったらしい。
いろんな事に耐えられなかったのかも知れない。
奴の音楽性は、アコースティックポップスになっていた。
ボクが辞めた後に入ったベースを呼び戻してバンドにしたそうだ。
今は、大人しい彼女と暮らしている。
奴とは数年に一度しか会わない。
奴のギグを見に行ったり、飲めない奴を誘って飲んだり。
奴はボクを親友と言ってくれる。
ボクもそう思う。
あの時、ボクがDischargeを貸していなかったら、奴の生き方はどうなっていただろう。
お互いの道はすっかり遠くなってしまった。
微かな接点は、互いに何かを表現しているところかも知れない。
でも、たまに奴の生き方に触れると、何か殴られる様な感覚に捕らわれる。
確かに奴がやってきた事には、眉を潜める向きも多いだろう。
しかし、どう見えようと、奴は奴なりに真剣に生きていると思う。
そんな生き方が出来ている点で、奴は大いに成功者だと思う。
奴のギグを見ていると涙が出そうになることがある。
奴はボクの戒めでもあり、誇りでもある。
また連絡してみよう。