2007年01月03日

不肖婦随・・・千鳥足の辿り着いたオアシス

元日に入籍をした。

このブログの更新は、1ヶ月以上開いてしまったが、
その間、気もそぞろだったりしたのもあって。

彼女は、仕事の取引先の担当だったが、
僕は、そのプロジェクトを途中で外れたので、仕事で会ったのは3回ぐらい?
業界には似合わず、何ともほのぼのとしていて、
それでいて、しっかりと真面目に仕事をこなすのに好印象は持っていたが、
それ以上の感情を持った訳でもなく。
それが、2005年の6月ぐらいだったと思う。

二人で食事をすることになったのは、それから半年後の11月。
きっかけは本当に偶然、運命ってやつだったかも知れない。

9月ぐらいだったろうか?
僕は当時、週に一度、外部とのプロジェクトの定例ミーティングのため、早朝出勤していた。

寝ぼけたままの電車内。
乗った駅の隣の駅で、人混みを掻き分け、僕の横をすり抜けて降りてゆく女性がいた。
彼女は、ホームのベンチに掛けてゆくとそのままそこに座って、
上半身を屈めて苦しそうにしていた。
気になったが、声を掛ける間もなく、電車は動きだし、僕はそれをただ見やっただけだった。
で、誰だっけ?
思い出せなかったが、間違いなく会った事のある顔だと思った。
しばらくして、それが、数ヶ月前にあった「彼女」である事に気づいた。

メールを送ると、彼女が僕と同じ駅を使っているご近所さんである事が分かり、
一度逢おうという事になった訳だ。
彼女が隣の駅で降りた理由は、ちょっとコミカルで愉しいのだが、ここでは控えておく。
それでも、僕が早朝出勤をしなければ、彼女がそこで降りなければ、
僕らが出逢う事はなかったという事だ。

初めて二人で逢ったその日、特に事前に予感めいたものはなかった。
けれど、彼女が選んだ店は、互いの最寄り駅近くの小料理屋さんで、
そんな飾らない人柄が微笑ましく、
彼女は思い通り、それ以上に朗らかで温かく、包まれる感じがしたのを覚えている。
僕らはその後、すっかり意気投合してしまい、
バー、ダーツ、カラオケと、4軒も20時から翌朝5時までの長丁場に渡る、
ご近所ツアーを繰り広げた。

僕はその時の包まれる感じが嬉しくも何か怖い気がして距離を置こうとしたのだが、
逢いたいと言ってくれる彼女が嬉しくて、斜に構え切れずにご近所デートを重ね、
3月ぐらいだろうか、流れが確かにできつつある中で、付き合おうか、という事になり、
その後、ゴールデンウィーク後には互いの部屋を行き来する様になって、
8月には彼女のお母さんに挨拶、10月中旬に僕の実家に彼女を連れて行き、
10月末に二人の巣を見つけて、11月11日に彼女の実家に行き、
出逢いからほぼ一年が経った11月16日、ボジョレーヌーボーの夜にプロポーズして、
ひと月後に互いの両親を引き合わせ、そして元日入籍となった。

クリスマスの週末には、婚約指輪を渡した。
どっか気の利いたレストランでと思ったが、彼女は僕を制し、
二人の部屋で、クリスマスのデコレーションを飾り、チキンを焼いてくれて、
ホームパーティを開いてくれた。
指輪は、そんな中で輝いていたが、彼女の笑顔を引き立たせる脇役だと思った。

一緒に住む様になってしばらく経っても、やはり全てはめまぐるしく、
それでも、僕は変えるのは無理だと思っていた生活パターンを
彼女の支えのお陰で少しずつ変えて行き、
飛び行く日々の中で、変わらない彼女の笑顔に、
この人ならと思える様になって行った。

白む空気をつんざいてのたまうが、彼女は、世界一チャーミングだと思う。
彼女といると笑いが絶えない。
僕は勝手にいろんなものを背負い込んでブルーになる事があるが、
そんな時、彼女は、空トボケた様に「慌てない、慌てない」と笑ってくれる。
僕は、そんな彼女の笑顔以上のものに出逢った事はないと確信する。

僕は完璧な男には、残念ながら程遠い。
そんな不肖の輩が、もったいないパートナーに恵まれてしまった。
彼女は僕より7つ年下で若く、チャーミングで、仕事もでき、人柄を慕う友達も多い。
今でも時々、なんで僕なんだろう、と思うが、
一頃自分を苛んだ、「悪いんじゃないか」という怖じ気は、もはや捨てようと思う。
失いたくない、守りたいものができる事の意味を知り、武者震いを覚える事もあるが、
何より彼女が、どんな時にも朗らかに一生懸命で、
一緒に良くなろうってしてくれる事に勇気づけられる。
そんな彼女に選んでもらえた事を誇り思わない手はないじゃないか、と思っている。

彼女のいない自分は想像できない。
一年前に想像しなかった事が、今はない事を想像できない。
きっかけがあって動機ができれば、いつでも人は変わるものだ。
今、自分の変化にそれを実感する。
彼女のお陰で、帰る場所ができて、その掛け替えのなさが分かり、
ともすれば当たり前すぎて見えなかった、両親が創ってくれていた過去のそれにも気づかされる。

ブログを書かなかったのには、気もそぞろだった以外に理由めいたものがなくはない。
ブログ以上に彼女に日に数通メールを書いていたし、
プロポーズも、考えた挙げ句、地味ながら自分らしく「書く」と決めて手紙にした。
一緒にいる時は、五月蝿いぐらいに言葉やいろんな表現をしていた。
要は表現するっていうパワーを彼女に向けていたって事だ。

僕らは夫婦の形にはなったが、
夫婦って言うのは多分、せいのっ、でなるものではなくて、
ずっと時間をかけてなって行くものなんだろうと思う。
彼女が僕の名字で自分の名前を書いてみてキョトンとしているのを見て微笑ましかった。
そりゃそうだろう。
だから、これからぬるけず焦らず、いろんなものがしっくりくる様に、
ベターになる様に、二人の作品を創って行く。
想像力は、大切なものをベターにするために備わったものだ、
という僕の「主義」を証明する場所ができたんだし。

おっと、また肩に力が入ってしまった様だ。
ま、とにかくそんなこんなで、「ペリキートサルミエントの千鳥足」の、
少なくとも大きなパートの一つはめでたく卒業になった。
これからの足跡は、ペアになる。

ありがとう。
よろしくお願いします。


トーンを抑えたつもりでも、鼻白む思いをさせてしまったらごめんなさい。
今日だけは勘弁して下さいまし。
ニックネーム パラマリボ at 22:43| Comment(9) | TrackBack(0) | corazon

2006年05月15日

記念日を彩る温かさ

今日でまた一つ歳を取ってしまった。

まったく、ヤキが回ったもんだ(笑)

しかし、週末は、とてもハッピーだった。
心のこもった手料理と気の利いたプレゼント、そして笑顔。
実際、これまでで最高の誕生祝いを貰ったと思う。

有り難い事だ。
そんなにして貰える権利なんてない気もするが、
怯まず、きちっと恩返しが出来る様にならなければ・・・。

直接も言ったけれど、本当にありがとう!
ニックネーム パラマリボ at 20:49| Comment(2) | TrackBack(0) | corazon

2006年04月03日

アバタがエクボになる過程

想定していなかった事が、
いつの間にか、自分に欠かせないものになってくる。

その過程。
そのための努力と想い。
何と、穏やかに朗らかで、そしてしなやかに強いのだろう。
そして、何で、僕がその対象にいることができるのだろう。

「捨てる神あらば拾う神あり」と言うが、
捨てられて拾われる、と言う方が正しいのだろう・・・僕なりには「似て非なる」ものだ。
自分の想いの鏡として、気づくそれは、
これまでの過程が空しくなかった事を証明してくれているのかも知れない。

「それ」が、日常に生きる上で、
それを華やぐもの、強くする要素であると気づいている。
そして、それが自分の立ち居振る舞いによって、
少なくとも、自分が見渡せる範囲で、いつまでも枯れずにいると信じられる時、
次のステップに進むのだろう。
どっちに転ばせるかは、結局のところ、自分の意志だけなのだ、と気づく。
ニックネーム パラマリボ at 00:41| Comment(0) | TrackBack(0) | corazon

2006年03月16日

カタストロフィー、そしてエポックの始め

メールが来た。

うっすらとは想像していた内容だった。

これで、4年近くが終わる。

不思議だった。
何か、晴れやかな気持ちだった。
やり切ったからだろうと思う。
無力を痛感し続けた年月でもあった。

同時に、申し訳ない気持ちで一杯になった。
僕のせいで、どれだけ苦しんだのだろう・・・?
思い過ごしなら、それでいいのだが。

思い起こせば、この一ヶ月、
いろんなものが壊れて、いろんな問題が起きて、そしてこのメール。
変化の時っていうのは、誰にでもあるのだろう。

今は、どこかで誰かに、僕が想いを込めた、あの笑顔が咲く時を願ってやまない。

整理するには、時間がかかるけれど、お互い、目は前に付いている・・・
今は、そう思うしかない。
ニックネーム パラマリボ at 00:56| Comment(0) | TrackBack(0) | corazon

2005年12月15日

区切り、意味、感謝。

最近、このブログを初めて一年以上経っていた事に気づいた。

日付が変わった後っていうのはあったにせよ、一日も欠かさずに書いた。
いくつか理由があったのだけれど、何より書くのが好きなんだろうと思う。
これまで、習慣らしい習慣なんて、ほぼ全く持った事がなかったから、余計にそれが分かった。

けれど、ここ数日考えた結果、一日一記事は、辞めることにした。
続けてきた事には意味があるようにも思うが、一年経った事もきっかけとして。

下らない徒然を楽しんで下さった方がいるのは知っている。
暖かく見守って下さった方がいるのも知っている。
けれど、逆に、多少なりとも傷ついたり不快な思いをされた方がいることも、また然り。
表現というのは、いろんな顔を持つ。
時として癒しであり、慰みであり、楽しみであり、けれど、時として凶器でもある。
書くことでご飯を食べていた事もあった。
だから、その怖さも少しは知っているつもりだ。
仕事としてのペンを折ったのも、その辺りに理由の一つがある。

単なる実験っぽいものとして始めたこのブログも、
いつの間にか、毎月延べ2000人もの方々に延べ20000回も見て頂く様になってしまった。
何一つ宣伝なんぞしていないが、それがブログというものの力なのだろう。

善し悪しは諸刃として受け入れるにせよ、
こうなった以上、書くという事自体が持つ意味、自分にとっての意義を、
もう一度、大事にしたいと思うようになった。

とは言え、「編集方針」を変える案があるわけではない。
プロの時代と違って、「取材」は、日々の五感の範囲に限られる。
辞めるのは、書いてて何も面白くない、
時間やテンションがない時の無理な間つなぎぐらいで、
そうそう間を空ける事もないだろうとは思う。
くだらなさ、他愛なさは相変わらずのはずだし、やっちゃった表現も漏れだしてしまうだろう。

改めてこんな事を書くのも馬鹿げているかも知れないが、
何というか、自分への言い聞かせのためでもある。

何はともあれ、こんなところに来て下さった方々には、
ひとまず、これまでの事を深く御礼申し上げます。

良くも臆面もなく、と冷笑を受けたことも度々でしたが、
続けて行くうちに、見て頂くと言うことは、自己顕示というよりむしろ、
自分を律し、客観的に見つめるという意味で、非常に重要なものだと分かりました。
日々の生き様の中に「書けない」事や、
書いても消したくなる欲求に負ける事があったとすれば、
それは自分として間違ったという事になる、言ってみればそういう事です。
もちろん、折々頂くコメントなどが、励みや糧になったことは言うまでもありません。

本当にありがとうございました。
ニックネーム パラマリボ at 23:47| Comment(2) | TrackBack(0) | corazon

2005年09月11日

師匠

明日は選挙だ。
ちなみにボクは、これまであまり選挙に関心が高かったって訳じゃない。

選挙になると思い出す面影がある。
ボクの師匠、テツさんーーー政治を得意にする筋金入りの報道マンだ。

ボクは、10年前、ある出来立てのTV局のニュースセンターで、
当時所属していた翻訳会社からの外部スタッフとして仕事をしていた。
ニュースエディターとディレクター。
ちょっとだけ、CGクリエイター。

担当していた番組は、以下の通り。
・5カ国語(英・中・韓・葡&日)のウィークリーニュース番組
・毎日のニュース番組の海外ニュースコーナー
・週末の情報番組

5カ国語ニュースでは、デスクとしての記事の選択と元となる日本語原稿のニュースライティング。
海外ニュースでは、一部デスク業務と、
翻訳されたロイター通信の日本語訳をニュースのコトバにするエディティング(リライト)。
情報番組では全て=ロケハンから(ナンパまがいの)キャスティング、
ディレクション、撮影、編集、音効までの全て。

・・・職務経歴書みたいだな(笑)。
けれど、自慢がしたいのではない。
最初から全部できた訳でもない。

そこにテツさんがいた。
キー局の報道記者を続けながら、地位に甘んじず、
報道を売りにしていた新興の局に飛び込んできた人だ。

ボクは、ニュースライティングは得意だった。
仕事としては初めてだったけれど、バイト時代に、3年もほとんど毎日、キー局の報道局にいて、
徹底的にニュース原稿を読み込み、また必要に駆られて自分で書かざるを得ず、そんなこんなで。
放送文章には、一定のルールがある。
短く、繰り返しにならず、読みコトバで、平易に。
それが分かって勘所がつかめれば、そんなに難しい事じゃないと思えた。
自分が書いた原稿をアナウンサーが上手く読んでくれる時は、爽快だった。
社員記者には絶対に負けない自信があった。

ある時、ボクがリライトした海外ニュースのOAを見ていた。
日本語がおかしかった。
聞き流せば分からないレベルではあったけれど、カチンと来た。
ニュース原稿は、最終的に、ニュースデスクがチェックを入れる。
時々、おかしな直しを入れたり、読みもしないデスクもいたから、
ボクはデスクの怠慢だと思った。

ADを捕まえた。

 今日のデスク、誰だよっ!?

 テツさんですよ。

 なんでテツさん、あの原稿チェックしてくれなかったんだよ!

若いADは、困惑した表情を浮かべ、間をおいてから諭すように話し出した。

 テツさんは、いつも、海外ニュースのデスクは誰かって聴くんです。
 そして、あなただと知ると、ノーチェックでいい、って指示を出すんですよ・・・。

それまでとは違う血が頭に上って、目眩がした。
そんなに信頼されていたなんて知らなかった。
逆ギレした自分のみっともなさと向き合う術を持たず、
ただ、話し終わって背を向けたADのスニーカーのヒールを見つめるしかなかった。

それから随分立ったある時、番組改編によって、新しい企画が必要になった。
テツさんから呼び出された。

 オマエ、企画立ててみろよ。

 ボクがですか?

ボクは外部スタッフだ。
当時のその現場には、異例なことだった。
そして、ボクが書いた企画の一つが採用された。

また呼び出された。

 オマエが書いた企画なんだから、オマエが全部作ってみろ。

びっくりした。
局は、ビデオジャーナリストスタイルで番組を作る事を基本としていた。
ボクは、ディレクターを含め、番組制作のそこここには関わってきたが、
全てを任されるには若すぎたし、撮影や音効なんてやったことなかったし、
何より、やりたがっている社員達がいた。
察したように言葉が続いた。

 アイツらじゃムリなんだよ。
 一泡吹かせてやれよ。

アイツらっていうのはテツさんの部下だ。
テツさんは彼らを、表面だけだって、いつも嘆いていた。
嬉しかったけれど、大変なことになった、と思った。

程なく、局内から、ボクに対するさや当てが聞こえてきた。
局の協力は、テツさん以外、一切期待できないだろうということは良く分かった。

そして、ボクは自分のネットワークをフル活用してスタッフとキャストを集め、
企画の趣旨を伝え、それを実行に移すべく動き出した。
とてもビクビクしながら。

番組は、若い女の子を立て、東京のあちこちのスポットを紹介するっていうもの。
それだけ聴けば、王様のブランチとか思い出す人がいるかも知れないし、
実際、最初はそう思っていた。

パイロット版(放送前に番組内容を確認するためのテスト版)を作った。
我ながら、良くまとまったと思って見せたら、こっぴどく怒られた。

 オマエ、何考えてんだよ!
 予算がない俺達が他局の真似して、勝てるかよ!
 だいたい、これじゃあ出来すぎでつまらないんだよ。
 視聴者は、紹介され尽くしたら、腹一杯になるだろ?
 安い機材でやるんだから、逆手に取る事を考えろ!
 視聴者に、そこに行きたいって思わせるには、全部を紹介しちゃだめなんだよ!

ふてくされる余地もなくダメだしをされて、ボクは、考えた挙げ句、
スポットの紹介は、ちょっとだけにして、
キャストの女の子達に芝居をさせず、本気で遊ばせて、
そのリアクションを中心に撮ろうって決めた。
というか、多分、テツさんは、そう言いたかったんだろうと思った。

そして一回目の企画を練り、ロケをやった。
一回目は自由が丘だ。
いわばボクのフランチャイズだったから、慣れたところから始めるのがいいと思ったのだった。

自信のないままロケが終わる。
今思えば、あまりに無謀だったが、ロケはOAの2日前だった。

局の編集ブースを借りて編集を始める。
その頃、やっと普及し始めたDTV、Macを使ったデジタル編集だった。
幸い、それには慣れていたものの、借りられるのは、社員記者が使わない深夜から早朝。
無駄撮りを繰り返し、企画を実現する力を持たない膨大に膨れあがった素材を前に、
夜中のブースで、どうして良いか分からず、編集は遅々として進まないまま、OAの日を迎えた。

OAは19:45。
週末のプライムタイムだ。
局にとっては、改変後、初めて迎える週末だった。

午後になって、ようやくすがりたい姿がブースに現れた。
テツさんだった。

 どうだ?なに青い顔してるんだ?

テツさんは、ボクがようやく半分までつないだ編集データを見て、表情が変わった。

 ・・・まずいな。

独り言が、破鐘の様に響いて聞こえた。

テツさんは、矢継ぎ早に指示を出す。

 なんか、ロングの絵ないの?
 これ、長すぎるから、こっちにしよう。
 なんで雑感を撮ってないんだよ!仕方ないからあの絵、もう一回使おう。

テツさんは、ニュースセンターの守護神だ。
忙しい人だ。
夕方のニュースが迫っている。
精一杯、かんで含む様に、いくつかの指示を出して、ブースを去っていった。

 大丈夫だよ、心配すんな!

気づくとブースの外には、社員達が、代わる代わるのぞきに来ていた。
テツさんの最後のコトバは、ボクと同時に、彼らに言っているのが分かった。
ニュースセンター全体に、嘲りを極めた真っ白い空気が漂っていた。
ブースは逃げ場のない独房だった。
今でも、どんなに追いつめられても、あれ以上のプレッシャーを感じたことはない。
けれど、局中の反対を押し切ってボクを抜擢したテツさんこそ、
もっと逃げ場がなかっただろう。
 
 テツさんに恥をかかせる訳にはいかない!

ほとんど目眩で気を失いそうな中で、ボクを支えたのはその想いだけだった。
最後の馬力、火事場の馬鹿力みたいなものを振り絞って、
OA30分前になって、ようやく出来た・・・というより、必要な時間が埋まった。

OAが始まる。
副調整室には、人だかりが出来ていた。
誰にも見られたくなかった。
OAが終わった。

ボクは、副調整室の隅で、独り泣いた。
テツさんが来た。

 オレ、TVやってて、こんなに緊張したの初めてだよ。
 いやぁ、ダメかと思ったね。
 けど、良くやったよ、オマエ!

テツさんの目も潤んでいた。

その後、ボクは2クール(6ヶ月)に渡ってその番組を続けた。
大変とはいえ、一度修羅場をくぐると、驚くほど楽になった。
番組は、その局にとってはかなり高い視聴率を取れるようになり、
視聴者からは、多くのはがきを頂いた。

 他局のと違って自然な感じが良く出ているから、本当に行きたくなります。

ボクは、テツさんに教えられた事をやっただけだ。

テツさんは、そういう人だ。
多分、これまでの人生の中で、ボクを本当に信頼してくれた数少ない人の一人だ。
そして、想いを込めて逃げずにやり通せば、超えられるっていうことを、
ボクに叩き込んでくれた人だ。
それをきっかけにして、ボクは制作者として認められるようになった。

テツさんは、その後も政治を追い続けている。
大抵の政治記者は、政治家と懇意になって、特権意識を持って、予定調和しか伝えなくなる。
けれど、テツさんは、舞い上がらず、ひたすらドブ板目線で疾走している。
取材者としての切り込みと潔さ、TVマンとして分かりやすく伝えようとする姿勢。
著書を読めば本当に良く分かる。
政治の本なんて大嫌いだったが、テツさんの本は、読み物としても愉しい。

今は、大手新聞社傘下のニュース専門局で、チーフプロデューサーをやっている。
今回はなかったけれど、時々選挙報道などで借り出されたり、
ボクの祖父が政治家だったのを知ったからか、

 オマエも永田町にコネクションを作っておいた方がいい

とか良く分からない理由で、政治家を紹介してくれたりする。

選挙が迫って、テツさんを思い出した。

ボクはさっき、CSでその局に加入した。

テツさんの目線で、選挙を見てみたくなったからだ。
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2005年07月16日

Are you dodger?

ロサンゼルス・ドジャースは、元々、ブルックリンにあったという。
ブルックリンはその頃、路面電車が走り回り、人々はそれに構わず往来を好き勝手に闊歩し、
電車が来ると逃げ回ったそうだ。

dodgerっていうのは、かわす人っていうこと。
ドジャースの名前は、そこからついたそうだ。
ちなみに、ドッヂボールも同じく、身をかわすっていうところからきた。

dodgerには、ごまかす人っていう意味もある。
ま、良く分かる。
その場しのぎ、言い逃れ。

なんかdodgerが多い気がする。
綺麗事ばかり披露したり、その場の移り気で虚ろな「本気」ばかりを旗立てて、
大事なこと、鬱陶しいこと、本質をかわしてばかりいると、
逃げ場もなくなるし、相手にする人もいなくなる。
好きにやってれば?、ってなってくる。

でも、そういう人は独りになっても、dodgeを続けるのかも知れない。
自分をもかわしつづけて・・・。

Dodgersも、dodge ballも、かわすばかりじゃないことは言うまでもない。
どちらも、dodgeは、積極性ゆえにある一瞬の状況でしかないはずだ。
ニックネーム パラマリボ at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | corazon

2005年07月04日

人と人の距離

好きなバーにはカードが飾ってある。

 人と人、大切な距離

オーナーのメッセージだ。
曰く、それは、本当に難しく、それに悩むのは人間らしいのだそうだ。
頷けると思う。

ここのところ、彼女は自信をなくしているらしい。
客が少ない。
ボクが独りだと、店を閉じようかと言う話になる。
場所も悪い。
最近流行の「隠れ家」って言いながら宣伝している様なところではなく、
本当に隠れ家っぽい店だ。
良くもこんなところで、10年もやってきたと思う。
それは、一重に彼女の努力と魅力の賜物だと思う。

ちょっと前。
その時は、日付が変わる頃にドアを開けて、程なくだれもいなくなって、
店がはねてから明け方まで、そんな彼女の打ち明け話に付き合った。
してやってる、ってことじゃない。
ボクも世話になっているし、混沌は分かる気がするから。
チャーミングっていうコトバが似合う人だから、元気を出して欲しいと思う。
余計だが、決してスナックのママみたいに、
饐えたお色気を、ご近所の草臥れたオヤジ限定で売りにしている店じゃない。
ちゃんとした酒が出せるところだ。
だから、敬意を込めて話を聴いて、ボクなりに励ましもした。

そして、その次の時。
前回と違って早い時間。
客はボク独りで、またそんな話が続く。
しばらく聴いた上で、ボクは言う。

 でもね、ここがあって救われている人もいるんですよ。
 この空気を楽しみに一日頑張ってきた輩だっているはずですよ。
 確かに経営は分からないけれど、そういう人がいるって事には、自信を持って下さいよ。

ボクが言ったのは綺麗事かも知れない。
けれど、言いたかったのは、TPOってことだ。
同じ愚痴でも、相応しい時とそうでない時がある。
まだ夜も若い時間だ。
しゃんとしている必要があるはずだ。
ちなみに、後への布石だが、その日、最初、彼女は、最近の風俗嬢の話を持ち出して、
プライドがない、って怒っていた。

そんなこんなをしていると、馴染みらしい、ボクにとっては初めての男のお客が来た。
オーナーはボクよりいくつか年上。
そのお客はさらに年上らしい。
見たところ、40代半ばぐらいだろうか。
ずいぶん久しぶりっていう話から始まった。

いきなり彼女が言い出す。

 会社を引退して、趣味に生きたい様なワイン好きの人、いないですかねぇ?

そんな人に店を託したいっていうことだ。
そのお客は、最近買ったアメリカンスタイルのバイクが自慢らしく、
ボディビルが好きらしく、要は、ワイルドを体現したい、よくいるタイプの人。

バイク自慢を相手にされず、いきなりの相談モードに戸惑いつつ、
多分、彼女に好意もあるんだろう、
彼は、一生懸命、頼れるオトコを作っているのが分かる。

ひたすら、店のリニューアルプランが飛び交う。
他愛のない、学生でも思いつきそうな話ばかり。

だんだん、気分が悪くなる。

会計を頼んだ。
そばに来た彼女に言った。
静かに。

 あのね、誰が店の行く末を案じに金を払って酒を呑みに来るんですか?
 馴染み客が一人ならいいんです。
 けれど、まだ早い時間で、複数のお客がいる。
 空気ってのは、外から来た人でも分かるものです。
 プライドっていうか、プロ意識が薄くないですか?
 気分悪いです。

彼女は、パッと気づいたように詫びのコトバを並べる。
ボクは、感情を抑えて店を出る。

繰り返し言うが、どれだけ愚痴を言われたって構わなかった。
けれど、10年も人から金を貰ってやってるなら、それが良い時かどうかぐらい、
分かって欲しかった。
どんなに草臥れていようと、店を開けているなら、だ。
決して金が惜しい訳でもない。

そしてその後。

何度か寄っている。

 この間は本当にごめんなさい。

彼女が言う。

 いや、生意気言ってごめんなさい。

ボクが答える。

彼女は、それでも、距離を取りあぐねているらしい。
どっか、ぎこちない。

彼女の言うとおりだ。

本当に人と人の距離っていうのは難しい。

彼女を尊敬するところは、謝れる事と、難しさを理解している謙虚さだ。
気づいていないかも知れないけれど。

 本当に辞める時は、連絡下さいね。
 だって、好きな場所がいきなりなくなったら、結構ブルーですから。

ボクに言える、精一杯のエールだ。
ニックネーム パラマリボ at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | corazon

2005年06月23日

等身大

人はそれぞれ歴史と記憶を持っている。
ハレとケ。

どの人の今も、そんな上にある。
イヤな記憶や、大失敗もあるだろう。
けれど、魅力は、そんなものを昇華させた結果から出たものだったりする。

過去は過去。

ハレとケの混じり合った上で成り立っている今と、その後。
藻掻こうとも足掻こうとも、そんなプロセスそのものが魅力だったりする。

そして、周りばかりか、自分までを信じられないのは、
自分のケに足を引っ張られすぎているからだったりもする。
けれど、怖がらなくて良いと思う。
自分が信じられない時こそ、人が自分を信じさせてくれたりするのだから。
状況を混濁させてしまったとしても、元々、素敵なところはあるのだし。

同じ目で、何度振り返っても、それだけでは何も生まれない。

目は前に付いている。

できたら、歩調を合わせて、同じものを見ていたい。
できると思う。

まずは、肩の力を抜いて。

そして、一歩、踏み出してみたい。
ニックネーム パラマリボ at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | corazon

2005年06月04日

見え方

最近、いろんな人とのやりとりの中で、
「自分は、人が見る自分とは違う」的なセリフを見聞きすることが多い。

ま、定番だよね。
まったく、いくつになっても、自己愛が作る混沌は、変わらないもんだと思う。

周りの評価と、自分が見る自分、そうありたいという自分とのギャップ
または、人も自分も気づいていない自分とのそれ。
善し悪しも含め、そう言うこと全部が自分だと思うのだけれど。

昨日、デザイナーの友人との話の中で、ボクに対するコトバに、
再三、今のボクのあり方が、ボクらしくない、っていうのがあった。

認めなきゃいけない。
ボクも分かってはいるつもりだ。
奴が言うのは、ボクが、無理して自分らしさと違う自分を出そうとしているけれど、
それってどうなの?っていうことだ。
奴は正しいと思うし、そう言ってくれるのは、本来のボクに対する評価と、
今への励ましの一種でもあると思うから、有り難いとも思う。
けれど、もしかしたら、ボク自身が思うより、痛く映っているのかも知れない。

今は確かに意識してやっている。
得意なものを捨て、その対岸にいる。
自分では意味があるものだと信じているけれど、単に無駄なのかも知れない。

けれど、自分を引きずったままで、今の自分を完遂するやり方を探したい。
少しずつ、よい結果も出始めている。
区切りに達成感を感じた時、間違ってつけてしまった滲みの様に見える点であったそれは、
元々のボクの立ち位置とつながり、
一つの線を作れるんじゃないか、そして面にできるんじゃないか、そう信じて足掻いている。

その時、見える風景を思い描く。
それが今のボクの希望だ。

そしてその時、自他共に、自分を違った見方で見るのかも知れない。
善し悪しも含めて。

けれど何にせよ、ほとんどの場合、人は自分が思うより、自分のことなんて見てはいない。
自分さえ自分をしっかり受け止めていれば良いのだと思う。
ニックネーム パラマリボ at 22:13| Comment(0) | TrackBack(0) | corazon

2005年05月15日

新しい門出に寄せて

明日から新しいところへ行くのだね。

緊張してますか?
でも、希望もあるよね!?

シゴトには生き方が表れると思いますが、シゴトは生き方の全てではありません。
大切なものが、生き方の根底にあるのなら、シゴト以前にそれを大切にして下さい。

多分、もう多くを語らなくても、本当の課題って見えていることでしょう。
その気がなかったとしても、人を欺いたり傷つけたり、自分を差し置いて誹ったりすれば、
または、自分ばかりを見ていても、その結果は自分に返ってきます。
その度に大切な物や居場所、そして何より自分を失うことになります。
不快や苦痛の原因の少なからずは、そうした自分のしてきたことによるものです。
言い繕っても、常にほつればかりが増えてくることは実感したろうと思います。

けれど、過去の記憶は、消そうとせず、謙虚に向き合って昇華させてこそ越えられるものです。
だから少しずつでも思い直って、怖がらず、
これまでとはやり方をちょっと変えて、先に自分から差し出してみれば、
案外、拙速にむしろうとするより簡単に得られる物があるはずです。

また、本当に言うような価値観を大切にするのなら、
その得られる物は多分、シゴトの成果などより、掛け替えのないものであるはずです。
そして、そこには失ったはずの大切な物と居場所、
そして会いたかった自分があることに気づくはずです。

謙虚であると共に、自信を持って下さい。
今は自分の過去に捕らわれて低調な時であったとしても、
本来、内側には、素敵なところが沢山あるのだから。
そんな人には、それを活かすっていう、他人には出来ない可能性があるのです。

けれど、草臥れたら無理はし過ぎない様に!
失敗したっていいのだから、嘘で塗らず、真剣にやっていれば、
必ず見ていてくれる人、手を差し伸べてくれる人はいるはずです。
そんな時こその、
Que sera sera, solo dios lo sabe.
なんだと思います。

やっていることは、実際、表情にもオーラにも出てきます。
もう一度、素敵なそれに出逢えることを祈っています。

そして、跳ね返されはしましたが、あれこれ気づくに至った後も、
そんな泣き笑いの過程を守る何かでありたいと思っていました。

今も変わりません。
たとえ遠くにいたとしても。
ニックネーム パラマリボ at 22:03| Comment(2) | TrackBack(0) | corazon

2005年05月07日

Count Down

一週間の休みなんてあっと言う間だった。
それなりに有意義でもありつつ、無駄にも潰した。
ボクには、惚けて他愛のないことに思いをめぐらせる時間も必要だ。
けれど、何をしていても、時間は淡々と過ぎて行く。

仮にいろんな意味で自由が利くのがあと20年としたら、単純計算で、7305日。
一日は、それの0.0137%にあたる。
少ないようだが、一ヶ月で0.4%になり、1年では5%だ。

そして、日々、均してみれば確実に6時間=25%は寝ている。
(ボクはどう足掻いてもナポレオン型にはなれない)
20年のうちでは、5年になる。

覚醒して曲がりなりにも真剣に何かに取り組んでいるのなんてどのぐらいだろう?
30%(8時間)と言いたいが、せいぜい20%(4.8時間)ぐらいかも知れない。
いや、そんなもんだろう。
とすれば、4年。
その時間だって、失敗があったりして、結果として無駄になってしまう部分も少なくない。

ちなみにその生む何かが仕事の成果で、それを一般的な労働日で賄おうとすれば、
週休2日を基本とした一般的な企業のカレンダーの場合、ほぼ年の1/3は休日だから、
残りは2.7年程度しかない・・・20年もあるうちで!
(本気で何かを成そうとしたら、こんな時間だけでやろうってのもどうかとは思うが)

言うまでもなく10年後に同じことを考えたとしたら、日々には2倍の価値がある。
実際には、年齢と反比例して覚醒の度合いは弱まるとも言われるから、
その価値は更に加速して高まる。

嘆いても仕方ない。否定や気合い論はスポイルにも繋がる。
他の時間は削ったって限度もあるし、過ぎれば副作用もあるだろう。
もっと時間が取れたって同じことだ。
要は、その覚醒の時を如何に密度濃くして、そこで何を生めるかってことだ。

ブラジルサッカーの様に、たらたらボールを回しているかと思えば、
チャンスと見るや一閃、動物的にゴールへ向かい、決める。
そういう集中力と決定力。

けれど、残りの弛緩や悦楽、逡巡、逃避だって重要だ。
使い方を間違えなければ、これらは向き合うためのエネルギーにもなる。
それに案外、そんな中から、何かが生まれることだってある。

なんにせよ、慌てず騒がず、淡々と、だな。
きっちり見定めつつ。
ニックネーム パラマリボ at 02:24| Comment(0) | TrackBack(0) | corazon

2005年04月17日

表裏、陰陽、白黒

二面性。
人の性格を見れば分かりやすい。

おおらかな人は、いざという時、大雑把であてにならなかったりして、
細やかな人は、ともすれば神経質で周りを草臥れさせたりする。

自分を分かって、上手く自分の良いところを出せる人って凄いと思う。
でも、その人なりに努力をしている結果だろうとも思う。

また、他人の良い面を引き出せる人がいる。
そういう人も素敵だ。
うまく導いて、結果としてお互いにハッピーになれる。

でも、自分や他人のそんな要素を見えている人は、
多分、同時に、それが負に振れる可能性にも気づくのだろう。
知れば知るほど、疑心暗鬼にもなるのかも知れない。
ボクにも闇がある。
知らぬが仏とは良く言ったものだと思う。
知った人には、それなりの覚悟が必要だ。
でも、そんなものから逃げず、悩みつつ付き合い、
乗り越えてこそ、本物になるんじゃないかと思う。

プラスもマイナスも相乗効果がある。
マイナスに振れた時、その事を挙げて相手をなじるのって、
それを見せていた相手にとっては寂しい事だ。
普段そのプラスの面によって得ている恩恵とか、マイナスの相乗を生んだ自分の作用とか、
みーんな、忘れ去られている。

ボクは、いつも失敗ばっかりするけれど、だからこそなのかも知れないが、
人の失敗だけをあげつらって自分を正当化するってことはしたくない。
そこに至ってしまった自分の役割を考えるし、何より人にはサイクルがあるものだから、
頑張ったって、そんな風になっちゃうこともあるだろう。
もちろん、自分が失敗してしまったら、悪いことは悪いとして、反省し、
誠心誠意、謝りもするし、本気で直そうともする。

この間、男同士で飲んでいて、あまりの自己中な振る舞いの挙げ句、
誰もいない店で夜中になって寝込まれた時には、激昂して帰ったりもした。
でも、ボクはそいつは、優しい奴で、普段、助けられてもいるし、
酔って寝る癖があるのを知っていたし、
ボクはここのところ続いている体調不良で辛くなったのと、
次の日の用事が気になって焦ってもいたから、怒り出したと思う。
そうならないやり方だって、ボクにはあったはずだ。
だから、怒りはしつつ、我ながら同罪だとしか思えない。

実際、奴とは、今度、一緒に野球を見に行く予定にしている。
それが信頼ってもんだと思う。
雨降って地固まるっていう風になりたいものだと思う。

人には可も不可もあって、互いに調整しあいながら、
陰と陽のサイクルを上手く昇華させてゆけるんじゃないか、
そんな風になれることを、未だに青臭いながらも思っている。

だから、ボクはどんなに責められても、やり返す様な事はしたくない。
ボクは感激屋だから、逆に振れれば、瞬間は、沸騰したりもするけれど・・・。

その思い返しと立て直しがボクのプライドでもある。
まぁ、自分がそう思うのはある意味ボクの勝手で、人に期待することではない、とは思う。
でも同時に、そんなことを共有できる人がいたら素敵だな、とも思う。

何にせよ、最近つくづく思い、こうして書いてもいるが、人は自分の鏡だ。
ニックネーム パラマリボ at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | corazon

2005年04月16日

澄んで、広く深く拡がるもの

ボクの世界観は、透明な球体だ。
物心も覚束ない頃から、よくそのイメージが浮かんだ。
始め、自分はその中心にいる。
幼い頃、世界は自分を中心に、自分の見える範囲に存在していた。
もう少し大人になれば、自分が世界を認識しきれると思っていた。
逆に言えば、それが自分が認識できる範囲だった。
だから、全方位を敵に回したとしても、全て御しきれると信じていた。
それがいつも、少し大人になればその分だけ、世界は加速度的に広くなっていった。

目の前の山を登り切ったら、その時初めて、その先にさらに高い山を見つけた、そんな感じだ。

その時は、既に、先天的心身能力とか、環境とか、
それらによって、いびつにも形作られる後天的な価値観とかによって、
自分は、無意識に球体の中心から、どちらかへ動き出していたのだと思う。
単純に言えば、雪国に住んでいる人の方が、スキー選手になる確率は高いっていう事だ。

やがて、何かに絞らなければ自分はそれを御しきれないと思うようになった。
自分のベクトル以外は何かに任せること、選ぶこと、味方が必要であることを学んだ。
絞る上での判断基準は、結果として辿り着いていた先から見える、
限定的な景色の中に在ったと思う。
そして、自分の定めたベクトルの範囲は、ある程度、征服できるようになった、と思っていた。

けれど、さらにしばらくすると、そのベクトルの中ですら、知らないものがあることに気づいた。
球体は言うまでもなく立体だ。
けれど、歩く道程そのものは平面で、その度、そこには別の3次元が生まれる。
ところで、この球体に上下はない。
どこか、というだけの話だ。

常に拡がっていく先に見えるものができ、追う平野には別の3次元=空も地面も=がある。
フラクタル図形の様なものかも知れない。

そしてその深み。
透明な球体は自分だけのものではなく、全ての人が同じように持っている。
それぞれの球体は、場所を変えながら、他の球体と重なり合っている。
例えば、自分の座標:x=1/y=2/z=3と、誰かの座標:x=3/y=2/z=1は、同じところにあったりする。
それぞれがその座標にいる意味があって、それと擦り逢う他人の座標は、
時として、自分の座標の中に、違った意味を持った点を残す。
パラレルワールドみたいなものかも知れない。

他人の話ばかりではない。
常にある座標をつないで線を作ってきた自分のリアルな道程とは別に、
自分の理想とか、恐怖とか、イメージが作ってきた道程がある。
ある点に着いた時に、そのもう一つの座標と重なって、その意味を知ったりする。
また、常々の座標にある引力にもいろんな種類がある。
想いとか、能力とか、タイミングとか、そんなものが、互いに引き合い、重力バランスを作る。

最近では、そもそも、御すと思うアプローチが違っていた気がする。

この話は、多分、自分という卑小な宇宙の中にある永遠のテーマだ。
結論は、最後の覚醒の瞬間まで出ないだろう。

ただ、今思うのは、自分には見えないものがあるということと、
それを投げ出さず、謙虚に受け止め、付き合って行くしかない、という事だけだ。
途方に暮れる一方で、まだ先にあるものを感じられている事の意味を思う。
ニックネーム パラマリボ at 15:00| Comment(0) | TrackBack(0) | corazon

2005年03月02日

一つのクリーチャーとして。

自分は表現者だと思っている。
文章や、映像や、自分が作った表現は、それなりに格好がついていて当たり前。
そのために人知れず血を吐いて、それで飯を喰ってきたんだから。
ま、それでも足りないけれど。

みんながそんな風にできるとは思っていない。
人はそれぞれの立ち位置があるはずだし、
ボクは、ある種のフレーム、例えば番組とか雑誌とか、
そういう中での約束事を学んで、その上での表現が出来てきたに過ぎない。
ボクから見て稚拙でも、決して手加減しているとか、下に見ているとかじゃない。
逆に、その人から見たら無意識でも、結果、滲み出る「表現」に、
真似ができない、圧倒的なインパクトを感じる事は少なくない。
「オーラ」って言った方が分かるかも知れない。

欲しいのは、ほんのちょっとのその人なりの想い。
だって、本気だったら、どんな形でもそれは現れるはずだ、と思うから。
その形にこだわってなんかいない。

諦める輩が多いと思う。
諦めるなら、諦めきって欲しい。
言い訳は自分にだって、その瞬間しか通用しない・・・そいつがバカじゃなければ。
人に照らして、人と比べて、それでヘコんで見せて逃げ切れるのであれば、やってみればいい。

楽になりたいなら、崩れていけばいいだけの話。
それぞれの生き方。
誰も止めはしないから。

想像力って、人が何で持っているのか。
それは、仲間とかパートナーとか、一緒にいたい奴らをいかに幸せに出来るか、
それで自分が結果、どう幸せになるか、っていう原初的な能力でしかないハズだと思う。

だから、金になるか、認められるかはどうでもいいことで、
みんながみんな、生きている上では、創造者なんだと思う。
最後は、自分の幸せのために。
みーんな、見えなくたって足掻いているんだよ。

人は自分の鏡だ。
自分の笑顔があって人の笑顔も生まれる。
「分かってくれない」っていつまで言っているんだろう?
逆の立場で、どれだけ人を分かろうとしたんだろう??
そんな輩は自分をどう分かって、結果、自分がしていた事と、どう折り合いをつけるんだろうか???
独りで生きているつもりで、キミの見えないところでキミが故にキミ自身が殺した想いを、
キミはどうあがなうんだろうか・・・。
それでも幸せと言うなら、教えて欲しい。
どうしたら、どこで、そんなに完璧なテフロン加工ができるのか。

キミにも自由がある。
でもその時々の瞬間は、二度とない。
残念ながら、時間はキミのモノではなくて、キミが時間の中にいるのだから。

自分らしく、って、とっても怖いフレーズだと思う。
せめて、その怖さを分かって言って欲しい。

これって、結局、自分に言っているんだけれど。
ニックネーム パラマリボ at 00:51| Comment(2) | TrackBack(0) | corazon