2007年08月19日

最近読んだり観たり(番外編)

久しぶりにこうした物を整理してみて、ふと文学作品とご無沙汰な様な気がした。

んが、思い出せばちょっとは読んでいて、買っただけで溜めてしまっているのもある。
文学作品の感想を書くのはパワーがいるから、カンタンに一緒くたにまとめちゃお♪

◆カモメに飛ぶことを教えた猫(作:ルイス・セプルベダ)

「パタゴニア・エクスプレス」の作者による作品で、ハンブルグの港の猫が、ひょんなことから育てることになってしまったカモメの子供との奮闘?記。淡々としているけれど、例えば一頃流行ったミヒャエル・エンデとか好きな人なら気に入るんじゃないだろうか?ちょっと趣は違うけれど、違う者同士の交流からココロを知る、と言う点では、「あらしのよるに」的な要素もあると思う。

◆ブダペスト(シコ・プアルキ)

「カモメ〜」もそうなのだけれど、南米の作家のものは未だに手に取るクセがあって、けれど、現代的なもので面白い物には当たらないのだが、これは結構良かったと思う。リオ・デ・ジャネイロとブダペストで二重生活を送るゴーストライターが、自身が「原作」の他人の自伝がベストセラーになって・・・。
ただ、ちょっと前に読んだのもあって、さらに言えば南米文学にしては、欧米の文学を意識したのか、随分軽く感じて、良く覚えていない。もう一回読んでみようと想う。
ゴーストライターをモチーフにした小説なら、ヒトラーのためのポルノグラフィーを書くと言うストーリーの「黒い時計の旅」(スティーヴ・エリクソン)が圧倒的に面白い・・・怖いしハッピーエンドではないけれど。
書いてる物が妙ちくりんで厄介事に巻き込まれる、という点では、死亡記事を頼まれて書くと書かれた人が死ぬという「ペンギンの憂鬱」(アンドレイ・クルコフ)を思い出す。ロシア文学らしく冷たいタッチなのだが、エンディングの無責任な(?)痛快さにはホッとさせられる。

◆コレラ時代の愛◆わが悲しき娼婦たちの思い出(いずれもガブリエル・ガルシア・マルケス)

両方ともずいぶん前に発表されたのが最近になって新潮社から和訳が出されて小躍りして買ったのだが、やんぬるかな、まだ手をつけられていない。
そもそも僕がややっこしい外国文学を好きになったのが、ガルシア・マルケスの「せい」だ。「百年の孤独」は百回読んだ・・・もちろん百回は読んでないが。
さっき書いたスティーヴ・エリクソンは、「現代のガルシア・マルケス」とか安直な(?)言われ方もされるが、現代アメリカ文学を代表する作家だそうで、実際、ガルシア・マルケスに影響されているっていう話で手に取り、和訳を全部読むぐらい(といっても10冊ないが)好きになったものだ。

あー、久々にこんなことを一杯書いた。
「出力」してホッとするのが不思議だ。
普段使っていない脳のどっかが酷使されて凝って来た様な気がする。
しかし、実際、読めていない本は、まだまだトランプの兵隊ぐらいに・・・。
ニックネーム パラマリボ at 15:35| Comment(0) | TrackBack(0) | Libros

2007年08月19日

最近読んだり観たりB

◆アンダースロー論(光文社)

マリーンズが世界に誇るサブマリン(!)渡辺俊介が書いた本だ。
得てしてスポーツ選手の本は、根性論とか人生論、浪花節に偏りがちだが、
この本は、そうした認識を裏切ってくれる。

確かに前段は、いつもNo.2でプロなど夢でもなかったような彼が、
いかにしてアンダースローを体得するに至ったか、という前半生が書かれ、
その後も、実際の試合での出来事とその背景が折々顔を出すが、
むしろそれらは、「技術論」を紹介するリードの役割を担っている。

僕も人並みに野球をやって、素人並のレベルと憧れを抱いては来たが、
その後は、グランドからスタンドに引っ込んでファンとして観ている側だ。
そんな僕にしては目眩がするぐらい、緻密な計算の上に立った技術論が新鮮に思える。
いや、現役様々なレベルのプレーヤーだって、
ここまで細かく技術を分析、実践している人ってごく僅かじゃないだろうか?

アンダースローは力では圧倒的にオーバースローに劣る。
それをどうやったら、世界レベルの武器にできるか・・・。

投球動作の早さに変化を持たせることはTVでも盛んに解説されていた。
バッターから見れば、同じ動作にしか見えないのに、
全く違うタイミングでボールが来る様に見えるのだという。

さらにこの本では、ボールの108ある縫い目、それぞれがハの字をしているのだが、
その向きを変えることで、片やなまくら球になり、こなた必殺の武器になる、
そんなごく些細に見えつつ大きな違いを生むポイントが書かれている。

彼は、単にボールを扱っているのではなく、
空気を操ってボールをそこに乗せ、打者を幻惑しているのが分かる。

真似しようとしてもできるものではなく、分かったとして対処できもしない、
そんな技術と経験だからこそ、ここまで晒せるのだろう、その自信が何より凄いと思った。
ニックネーム パラマリボ at 14:20| Comment(0) | TrackBack(0) | Libros

2007年08月19日

最近読んだり観たりA

マネー・ボール(ランダムハウス講談社)

金欠&弱小球団オークランド・アスレチックスがいかにして常勝球団になったか?
というルポルタージュ。

これも相方が買ってくれた。
理由が振るっている。
元・西武ライオンズの石毛宏典さんがオススメの一冊ということだ。
石毛さんは、四国アイランドリーグを創った人だ。
四国アイランドリーグの土佐ファイティングドッグスを千葉ロッテマリーンズが買収、
という話が出て(その後否定)、相方の思考回路として、
「マリーンズが買収?」→「四国アイランドリーグって何?」
→「(知っている)石毛が代表?」
と、ネットを辿りながら、この本に辿り着いたらしい。
ちなみに彼女は、自分用に、石毛さんがオススメしていた武田信虎の本を読んでいた・・・なぜだろう?(笑)

さて、その内容たるや、野球、スポーツビジネスに興味があるなら、
いや、何か新しい視点で物を見直してみたいビジネスマンだって、
ゼッタイに読んでみるべき、明快で痛快な内容だった。
アメリカの人気作家マイケル・ルイスが、アスレチックスを強豪に引き上げた
ビリー・ビーンGM(元)を追ったものだ。

徹底的なデータ分析によって、従来のボックススコアなどの選手評価軸を無意味と切り捨て、
高打点の選手を重用せず、積極的と評価された初球から打ちに行く選手を嫌う等々の一方で、
二流と見られていた選手を安く買い集めてチームを強くして行く。
その際の従来野球とのぶつかり合い、騙し合いは愉快でありつつ、
異端視されるビリー・ビーンの孤独、悲哀もまた沁みる。
さらにビリー個人を超え、
そもそも「正しい」選手評価指標を追求する独自の研究を続けている、一般の「変人」の存在、
ウォールストリートの金と頭脳との関係など、新旧主亜あらゆる価値を巻き込む
アメリカの野球の奥深さを、新鮮な角度から知る事が出来た。

少なくとも石毛さんがどうしてこの本を好きかは分かる気がするし、
マリーンズの、日本では珍しい統計アナリスト、ポール・プポって言う人が、
どんな事をしてるのか、(ビリーとやり方は違うようだが)も、何となくも理解できたと思う。
人気作家が書いているだけあって、興味深い事実を、ストーリー性豊富な
流れに乗せて読ませてくれる。

この本はその後、実家に行き、
引退してマリンも散策コースとしている(関数とか大好物だった)父、
時間を見つけては浦和のマリーンズ2軍球場まで繰り出す
(数字的な記憶力が頭抜けている)弟が手にして、
その後、実家近くにいる、インテリで草野球エースの妹のご主人にまで渡っているそうだ。
ニックネーム パラマリボ at 13:51| Comment(0) | TrackBack(0) | Libros

2007年08月19日

最近読んだり観たり@

ちょっと溜まってしまったのでまとめてみる。

◆評伝シャア・アズナブル《赤い彗星》の軌跡 上・下(講談社)

うちの相方が、どこで仕入れたのか「面白いらしいよ」と買ってくれた。
本人はブックマーク代わりにカートに入れっぱなしにしていて
他のを買った時に間違って一緒に買っちゃったということだったが、
真偽のほどは分からない(笑)

ガンダムの一年戦争〜グリプス戦役でのシャア・アズナブルの行動の理由、
心理状況を解説しているのだが、ほぼ、なるほど、至極ごもっともな内容で、
リアルな人物評伝の体裁を取ってはいるが、読み易くもあり、一気に読破してしまった。
ただ、ストーリーを知らないと???な内容で、せっかく買ってくれた相方本人は、
数ページで脱落したらしい。

「超一流のオールドタイプであり、二流のニュータイプ」
「認識は超一流、行動は二流」といったシャアの立ち位置評には痺れた。
これって、描くイメージが実現できるレベルを超えると言う点で、
ほとんどの人に当てはまるんじゃないだろうか?
かねてから巷のシャア人気(信仰?)が理解できなかった僕だが、
ヒーロー像の裏側のそんな共感できる苦悶が見えていたのだとしたら、なるほど、と思える。
しかし、フィクションをここまで迫真性を持って語れる事自体、
クリエイターの能力と冥利を察せられて愉快だった。

せっかく買って貰ったし、何が良かったかを懇々と説明しようとする僕に、
相方は半ば苦そうな笑顔を向けてくれたものだ(笑)
ニックネーム パラマリボ at 13:03| Comment(0) | TrackBack(0) | Libros

2006年10月05日

読書の秋=師匠健在なり!

今日、仕事でブラウジングをしていたら、新潮社のウェブサイトに行き当たって、
で、見つけてしまった!!!

ガブリエル・ガルシア=マルケス

2冊連続で日本語訳が出るらしい。
あぁ、「コレラ時代の愛」って読みたかったんだよなぁ。
やっと出るのか。

即買いの手続きは完了。

サンタさん、早く来てくれて無問題でつから!!
ニックネーム パラマリボ at 01:12| Comment(0) | TrackBack(1) | Libros

2005年12月04日

寝枕代わりの不条理=充実した日曜日

今日は、氷雨の日曜日。
何をしたものかと思いめぐらせていたが、
久しぶりにゆっくり小説を読んだ。

この本は夏に買ったままそれっきりにしていた。
一緒に買った物も思い出した。
というより逆に、久しぶりに逢う大切な相手にお土産を、
と買ったもののついでに目に留まって買った本だった。
しばらく逢えていないな、と成長もなくその面影が浮かんで、
部屋のラックに置きっぱなしだったそれに気づいたのだった。
ちなみに逢ったその時、その本を見せても、彼女は無反応だった(笑)。
もちろん、守備範囲の強制なんかじゃなくて、単に知って欲しかっただけなのだけれど。

先週、結構ちゃんと部屋の掃除をしたが、うっかりまた乱雑になりかけているのを見て、
まず、それを片づけようと思った。
僕は乱読家じゃない。
読む時は、じっくりと読みたい。
そんな時は、儀式じゃないが、それなりに整った空間で実行したい。

狭い部屋を占拠するのは、大抵、服だ。
洗い上がりの洗濯物や、コートジャケットなど。
ともすれば、ソファの上などに放ってしまうのだが、
多分これは、僕の致命的に大雑把な性格もありつつ、狭い部屋のせいもある。
何せ、クローゼットが半間以下しかない。
別に衣装持ちじゃないけれど、綺麗にしまい込むのにはそれなりにコツがいる。
鬱陶しいので、おざなりになる。
「犯罪者を出してしまう社会の歪み」と同じコンテクストが僕の部屋にも当てはまる。
で、「犯罪者」として、自分を律してみたワケだ。

ま、得意の意味不明な演説はヨイとして、
「その本」だ。

「ペンギンの憂鬱」
penguinnoyuuutsu.jpg

ウクライナの作家、アンドレイ・クルコフの作品。
僕は、この人のことなんて、さっぱり知らなかったけれど、
ほのぼのとしていつつ、妙に不気味な装丁と書評に惹かれた。

スラブ系の文学と言えば、僕はソルジェニーツィンが好きだったが、
ドストエフスキーは暗すぎてダメで、全然詳しくない。
けれど、何となく雰囲気は察せられた。

以下、帯より。
===
恋人に去られた孤独なヴィクトルは、憂鬱症のペンギンと暮らす売れない小説家。生活のために新聞の死亡記事を書く仕事を始めたが、そのうちまだ生きている大物政治家や財界人や軍人たちの「追悼記事」をあらかじめ書いておく仕事を頼まれ、やがてその大物たちが次々に死んでいく。舞台はソ連崩壊後の新生国家ウクライナの首都キエフ。ヴィクトルの身辺にも不穏な陰がちらつく。そしてペンギンの運命はー。
===

淡々とした不条理。
明るくも暗くもなく、希望も失望もなく、冷静に刹那的。
ちょっと、お気に入りのアメリカの作家、スティーヴ・エリクソンの作品が思われた。
けれど、エリクソンの作品はもっと緻密で、暴力的。
謎めいた登場人物や事象には、ポリフォニーの一部を成していて、
悲観的で、そして当然のように、カタストロフィーがある。

一方で、この本は、スラブ的「不条理」の扱いに慣れているというか、
生命の儚さや想いの脆さを切り出しつつ、
主人公や周辺の人物、事象は、それぞれがマイペースで、良くも悪くも無責任。
投げやりであるようで、義理も情もあって、将来を捨ててもいない。
ハートウォーミングな中盤は後の惨劇の予兆かと思いきや、
三文ピカレスク小説の様な展開に続く。
ただ、中途半端というのではなく、ヘタウマっぽい微妙なバランスが計られているのは分かる。

半日掛けて読み進めるうち、どんどんと引き込まれて行き、展開に胸が悪くなり、
登場人物の行く末を想って嘆かわしい気持ちになりながら、最後の一文で大笑い。
痛快さに、閉じた本で膝を叩いてしまった。

社会的背景も覗かせながら、それを想像する読者をからかい、
あくまで自分のファンタジーを完遂する。
なるほど、良い作品だ。

あとがきを読んで気づいたのは、エリクソンもそうだったが、彼も村上春樹が好きだそうだ。
村上春樹には、両者にある、「背景=横糸」を感じられないから、
そんなに凄いのかは分からないけれど、もしかしたら、村上春樹の場合、その背景は、
(今の日本のエレメントとしての)自分にとって、あまりに日常的過ぎるからなのかも知れない。

何にせよ、自分のリズムが取れなくなった時には特に、僕には、こうした本が友達だと思う。
暗いが・・・笑
どこやらのクルコフさんのお陰で、ようやく自分らしいそれが掴めた気がして、
いつものサザエさん症候群からも自由になり、快適に休日を締めくくることができる。

そうしてまた「危なく脆い不条理な日常」を迎えるってワケだ。
なんだか良い気分だ。
ニックネーム パラマリボ at 22:25| Comment(1) | TrackBack(0) | Libros

2005年10月11日

スローカーブが浴びる日差しと作る陰

山際淳司の本を初めて読んだ。

「スローカーブを、もう一球」・・・定番中の定番だ。
短編集で、この中の有名な作品としては、「江夏の21球」が挙げられる。

知る人が聴いたら怒るかも知れない。
読んでて当たり前だろっ、と。
ボクみたいな奴にとってはバイブルみたいなものとも言えるから。

テレビのコメンテーターをしていた時の彼は、業界内では、
どちらかと言えばクールな風貌とは裏腹に熱血っぽい見られ方をされていて、
それが、彼の限界だ、みたいな斜に構えた論調もあったと聴いたことがある。
実際に熱い人だとも思ったけれど、この代表作を拝読して、ちょっと彼に対する印象が変わった。
そして彼がどうしてそれを書きたかったのか、巻末の方のくだりで、ちょっと分かった気がした。
同時にボクがどうして本格的に書こうとしないのか、
漠然と思っていたものが何なのか見えた気がした。
同じ様な藻掻きがあったのかと思うとちょっとホッとした。

いや、もちろん、技量の差は歴然としている。
ボクはそんなに自惚れていない。
自己愛っぽいイメージはあっても、それとこれとは違うぐらいのことは分かる。
それに彼は、技量以前に、その藻掻きを振り払う事をやり続けたワケだ。
使用前と使用後、それ以上に彼は遠い。

もしかしたら、彼のテレビでの熱さは、既に余命を悟った故の叫びだったのかも知れない。
そして、代表作を「江夏の21球」と言われることは本望ではなかったのではなかろうか。
いや、テレビでの印象ぐらいしかないボクが、一冊読んだぐらいで評論めいたことは失礼だろう。
単なる思い込みかも知れないし、そもそも評論がしたいという欲求はない。

けれど、ちょっとしたテーマの断片を見つけた気がする。
何が必要なのか。
もう少し他のも読んでみようと思う。
ニックネーム パラマリボ at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | Libros

2005年01月23日

テンションの引き金

去年の秋に本屋で久しぶりに表紙買いをした。
「紙葉の家(House of Leaves)」という。

houseofleaves.jpg

800ページもある、ちょっとした辞典ぐらいの迫力に惹かれて買ってしまった。
Mark Z. Danielewski作。
アメリカ文学の最高峰、だそうだ。
ホラーだったみたい。
ボクはホラーは好きではない。
でも、ハリウッド的ホラーではなくて、どちらかと言えば、エドガー・アラン・ポーの様な、
淡々とした不気味さが、騒がず整然と綴られている様に思える。
今のアメリカ文学は、ボクがハマったラテンアメリカ文学の流れを汲んでいるものが多い。
多分、自分はこれを嫌いじゃないという、確信めいたものがある。

一家が新しい家を買った。
ふとしたことから、その家の中の寸法が、外から計った寸法より大きいという、
あり得ない事実に気づいた、というところから始まっている。

とは言え、まだ10分の1も読めていない。
作りが実験的で興味深いのだが、その分、何とも読みにくい。

こういうものを読むのは、一定以上のテンションが必要だ。
ピストルは、いい加減に撃つと、反動で肩が抜けるという。
力に向き合うだけの力を持ち合わせていないと、跳ね飛ばされる。

久々にそんなものと出会った。
それが逆に、テンションを捻り出すトリガーになる。
でも、忙殺される日々の中では、なかなかままならない。

忘れぬようにいつもベッドの脇に置いてある。
だんだんと重荷になってくる。
奴がボクを嘲っている。

ちぃっ!

近々休みを取って、独りで温泉にでも行って、こいつとバトルをしようかと思う。

どんなに遠くの世界に身を置いたからといって、
こういうものを読めなくなっては自分ではないから。

今日も、これから仕事だけれど。
ニックネーム パラマリボ at 12:54| Comment(0) | TrackBack(0) | Libros

2004年12月05日

ルビコンを渡った彼?

ルビコンビーチが見あたらない。

昨日書いた「黒い時計の旅」を、一晩で読み切った。
やっぱりすごいなぁ、としばし読後に襲い来る感覚に身を任せながら、
本棚のあるべきところに差し入れる。
久しぶりに揃ったスティーヴ・エリクソンの作品達を一同に眺めようと思ったら、
何か欠けている。

「ルビコンビーチ」。
発刊当時は、島田雅彦が翻訳を、横尾忠則が表紙を担当した事でも話題になった。
良くある「無人島に何か一つだけ持って行けるとしたら」という問いに、
僕は、この本を最終候補に入れるはず。

なのに、ない。
「黒い時計の旅」といい、なぜ消えてしまうのだろう。

「ルビコンを渡る」というコトバがある。
日本的に言えば、「清水の舞台を飛び降りる」にあたる。
ルビコンビーチは、決心を求められる場所。
「彼」は心を決めて、どこへやら渡って行ってしまったのだろうか。

作風からして彼の本がなくなるというのは、
何か自分もその本の世界の中にいるようで、
無邪気に不思議な気分だ。

幸い「ルビコンビーチ」は、「黒い時計の旅」の様に廃刊になってはいない。

やっぱり、これも調達すべきだよなぁ。
しかし・・・。

ルビコンビーチ
ニックネーム パラマリボ at 22:53| Comment(0) | TrackBack(1) | Libros

2004年12月04日

巡り戻る黒い時計

しばらく前に、大事にしていたはずの本が見あたらなくなった。
誰かに貸した様な気もするけれど、まったく分からない。
また買おうと思ったら、廃刊されたようで、手に入らず。
しばらくそのままにしていたが、
やっぱり何とかならないか、とあちこち探していたら、
アマゾンマーケットプレイスに出ていたのを見つけた。

定価が1600円なのに、出品価格は、一番安くて2500円。
プレミアがついてしまっているが、結局、これを手に入れた。

TOBC.jpg

黒い時計の旅。
アメリカの奇才、スティーヴ・エリクソン。
彼の作品は、淡々とした冷たさの中に、重くくぐもる脈動と、微かな暖かさがあって、
圧倒される読後感を覚える。

これでまた、久しぶりに彼の作品は全て揃った。
この週末は、天気も良くないし、耽読してみるかな。

黒い時計の旅(復刊ドットコム)
ニックネーム パラマリボ at 19:54| Comment(0) | TrackBack(0) | Libros

2004年11月28日

ガブリエル・ガルシア=マルケス

コロンビアの作家。
彼の作品は、僕の聖地をトラファルガー広場(パンクスの溜まり場)から、
一瞬でカリブ&アマゾンに変えたものだ。

けれど最近、ガルシア・マルケスと言えば、
一頃、あゆとかが御用達だった、アパレルブランドの事になっちゃって、
検索してもそればっかり出てくる。
あのブランドも、元々、かの作家の名前から出たものらしい。
また、「百年の孤独」という有名な焼酎の名前も、
彼の代表作のタイトルから取った物らしい。

ニューヨーク近代美術館の館長は、20世紀を代表する物として、
ブルージーンズと、百年の孤独(本)を、後生に残したいと語ったそうだ。

ブランドファンの女の子達、焼酎ブームを愛でる酒好きのみなさん、
たまにはルーツに触れてみないかい?

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4105090089/qid=1101616367/ref=sr_8_xs_ap_i1_xgl/250-0333510-9369802
ニックネーム パラマリボ at 13:32| Comment(1) | TrackBack(0) | Libros