ボクはドナー登録者だ。
何のドナーかは、機会があれば、追々話すことにする。
先日、ドナーとしての意思確認と検査を受けた。
ボクのタイプに近しい患者さんがいたということで、呼ばれたのだった。
ぼかして言うのには訳がある。
ドナーは、患者さんとの面識を持つことを許されない。
多分、謝礼とか、泥臭い問題になることを危惧してのルールだと思う。
だから、患者さんから見て、ヒントになる様な、
場所とか時間とかを特定して公表することは、禁じられている。
さて、その検査での話。
場所は、指定された
病院の診察室。
検査担当の医師は、画に描いた様に綺麗な若い女性だった。
お色気っていうんじゃなくて、楚々とした人。
・・・それは本題じゃない(笑)。
(ここでは敢えて笑うけれど、後で思い知らされる事になる)
いつ頃、ドナーになったんですか?
女医さんが聞く。
いや、10年近く前だと思うんですが、あまり覚えてないんですよね。
じゃぁ、これまでこういう検査に呼ばれたことはありますか?
登録した時にタイプを調べられた後で、3回、適合者だっていう手紙が来て、
提供意思確認に、「はい」って返事を書いたのに、
「見送りになりました」っていう結果通知の繰り返しだったんですよ。
こっちは、その意思があるのに、何か、いっつも逆に何か問題があったみたいな感じで、
ハズレを引いた気分でしたよ(笑)。
その度、親にも報告して心配掛けたから、やるならやれって思ったんですけどね。
女医さんは戸惑いの表情を浮かべる。
じゃぁ、検査はされなかったっていう事ですか?
はい。
・・・。
それは、患者さんが持たなかったっていう事なんですよね。
???
医師にしても患者さんにしても、ドナーは絶対に確保しておきたいものなんです。
最大、候補者は5人いるんですが、普通は、全て検査をするはずです。
・・・持たなかったっていう事は・・・?
亡くなったっていうことです。
アタマを殴られた様な気がした。
ハズレなんて言ったのは、あまりに軽率。
・・・でも、そんなに連続で、っていうことはあるんですか?
移植をしなければならないっていうのは、最後の判断なんです。
だから、持たないことが多いんですよ。
・・・ハズレ・・・なんて言っちゃいけなかったですね。
・・・そうなんですよ。
その時を迎えた患者さんや親族の気持ちを思うと、何ともやりきれない気分になった。
本当に、最後の光として、僕らがいるんだと再認識した。
そうしたって仕方ないけれど、空に向かって詫びたかった。
その後、どうにもそのことが頭を離れない。
女医さんは続けた。
どうしてドナーになったんですか?
難しい質問だ。
・・・いや、正直、深くは考えていないです。
臓器移植の意思表示カードも持ってはいますが、
生きているうちに、人にあげられるものなんて、そうはないかなぁ、
って思ったことがあって。
・・・もしかしたら、伯母が全盲だっていうのもあるかも知れませんが。
女医さんは、何も答えなかった。
問診と検査が終わった。
結果は、1ヶ月後に出ます。
その上で、最終的にドナーに選ばれて、ご意志が変わらなければ、
最後の検査で、またお会いしましょう。
女医さんは、柔らかく微笑んで言った。
お世話になりました。
ボクは診察室を出た。
表にはコーディネーターの女性が待っていた。
診察の前に、ガイダンスをしてくれた人だ。
お忙しいのに本当にありがとうございます。
彼女は、深々と、ボクに頭を下げた。
ここに来るまで、どっかで、「やってやっている」っていう意識がなかったか、
と言われれば、ウソになる。
けれど、「ハズレ」の重さを知って、彼女に頭を下げられた事が恥ずかしくなって、
無粋を省みる余裕もなく、目も合わさず、会釈をして、その場を立ち去った。
実際にドナーになれば、レアケースであるとは言え、
後遺症の恐れもあるらしいし、死に至る例もあったらしい。
少なくても何日かは、身動きができない。
(コーディネーターの人はとことん、リスクと理由と対処の話をしてくれるから、逆に安心だ)
けれど、何を失う事になっても、今回は、絶対になりたいな、と思った。
(ところで、ドナーに登録しても、いつだって辞められるし、
候補になる度に意思確認を受けるし、強制は一切ないから、考えている人は安心して欲しい)
ちなみに今回は、呼び出しと確認の手紙に、
通常の半分のペースで、移植を実現しなければならない、って書いてあった。
今なら、その意味が痛いほど分かる。
誤解のない様にハッキリさせたいのだが、
ボクがドナー登録をしたのは、全くもって、思慮深さとは無縁の事だ。
言ってみれば、自分を認めるための、ナルシズムを満たす一つの手法に過ぎない。
患者さんが満たされるなら、きっとボクは満たされるだろう。
単にジコチューなだけの話だ。
何か、そんな自分がとても残念でならないが。